9-4.今日もなんとか生きてます


「――牧野!」


 ハッとして目を覚ましたとき、黒木主任の顔があった。

 彼女は涙をためた目で、おれを見下ろしている。


 あぁ、主任。無事でよかっ……。


 バシッ。


 バシバシバシッ。


「ば、馬鹿馬鹿、なにやってんのよ! 死んだかと思ったでしょ!」


「い、痛い、やめて、殴らないで……」


 グリフォンの攻撃でぎりぎりになったライフが点滅しているぞー。

 まあ、レベル5の主任の攻撃なんて屁でもないけど。


 と、美雪ちゃんも覗き込んでくる。


「びっくりしたよー。いきなりマキ兄が吹っ飛んでくるんだもん。立てる?」


 試しに右腕を動かそうと試みる。


「……あー。ちょっとウルトの反動リバウンドで身体が動かない」


「え、マキ兄、ウルト使ったの!?」


「上に大物がいて、とっさにね」


「どんなの?」


 おれは先ほどの大翼の姿を思い浮かべる。


「……グリフォン。たぶんレジェンド」


「えぇ!?」


 あの身体がすくむような威圧感は、とてもエピックのそれではない。

 まさか、あんなのが入り口にいるとは思わなかった。


 美雪ちゃんも苦い顔をしている。


「……ぜんぜん気づかなかった」


「気配が完全に消えてた。迷彩スキルを持ってるんだと思う」


 おれも判断が一瞬でも遅かったら、やられていただろう。

 うまくやつの攻撃を逸らせてよかった。


 と、主任が声を上げた。


「レジェンド!? 見てくるわ!」


 待てやコラ。

 美雪ちゃんがその襟を掴んで止めた。


「やめてください。本気で死にますよ」


「そうですよ! マキ兄がウルト使うなんてよっぽどですよ!」


 主任が拗ねたように頬を膨らませた。


「牧野のウルトって、そんなにすごいの?」


「え? あ、いや。うーん……」


 美雪ちゃんが微妙な顔でおれを見ている。


 いや、そんなに気を使わなくていいから……。


「ハンターを休止した年の世界評価ではB+でしたね。ちょっと燃費が悪くて、全力を出すとすぐこうなります」


 お世辞にも、あまり強いスキルとは言い難い。

 さっきのはあくまで運がよかっただけだ。


「……それより、ここは?」


「あ、最初の洞窟だよ。やっぱりここ、なにか住んでたみたい」


 視線だけ動かすと、通路は奥のほうに続いていた。

 その壁には、獣の頭蓋骨がかけてある


 なにかの信仰……。

 魔法文明があった証拠だろう。


「奥には行った?」


「まだ。とりあえず、モンスターの襲撃とかはなかったかな」


「そうか……」


 美雪ちゃんの目が、おれに訴えているのがわかる。


 撤退か、否か――。


 エスケープを使えば、すぐに現代へ戻れる。

 しかしそうすれば、二度とここへは来られない。

 あんなところにレジェンド・モンスターがうろついているとなれば、このダンジョンは間違いなく『超危険区域』に認定されるだろう。


「…………」


 先のトワイライト・ドラゴンと同じ轍を踏まないためにも、ここは逃げるべきだ。


 命あっての物種。

 あとは調査団に任せて、おれたちはエスケープで――。


「……ていうか主任は?」


「あれ?」


 見回すと、通路の向こうから声がした。


「ねえ、こっちになにかあるわ」


 言ったそばからこれだ!


「美雪ちゃん!」


「わかった!」


 慌てて美雪ちゃんがおれを担いだ。

 主任のほうへと走っていく。


 彼女は通路に立って、横穴を覗いていた。


「なにやってるんですか!」


「いや、せっかくだし探検でも……」


「いま危ないって話したばかりでしょ!」


 まったく、このひとは本当にダンジョンになると周りが見えなくなるな。


 おれの身体が動くようになるまで、あと数分ってところか……。

 どうかそれまでモンスターに見つからないことを祈るばかりだ。


「あれ。でもこれ、すごいよ」


 美雪ちゃんがその横穴を覗きながら言った。

 おれも同じ方向を覗き込んでみる。


「これは……」


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