8-完.それでもおれは悪くない
現代に戻って、美雪ちゃんに鑑定をお願いする。
「はい。基本報酬の三万円と、カゲワタリの土の追加報酬が五万円だね」
「高っ!?」
主任が叫んだ。
まあ、入場料の二万円が八万円に化ければ、そりゃそうなるよな。
「な、なに!? どうなってるの!?」
「エピック・モンスターのドロップアイテムは希少ですからね。これでも安いほうです」
「でも、ただの土でしょ?」
「ただの土じゃないから高いんですよ」
おれは肩をすくめた。
「エピック・モンスターのドロップアイテムは、その魔力がこもってますからね」
「で、でも土に五万円とかおかしいわ」
「カゲワタリの土は、宇宙工学の研究所とかに送られます」
「はい!?」
「ワープ・スキルなんて人類の夢ですからね。この魔力を解明すれば、いろんなことに使えるんじゃないかっていうのが理由です」
美雪ちゃんがにこりと笑った。
「そういうことです。うちでもカゲワタリのハントは特に人気があるんですよ。ちょうど昨日、再出現したばかりだったので、黒木さんたちラッキーですね」
「……まあ、五万円で買い取ったこの土を、いくらで卸してるのかっていうのは謎ですけど」
「やだなあ、マキ兄。ほんのちょっと、手数料を上乗せしているだけだよ」
ほんのちょっと、ねえ。
その割に、上の酒場はどんどん拡張が進んでいってるよなあ。
おれはその報酬の半分を主任に渡した。
時計を見ると、午後の二時。
「さてと。じゃあ、ちょっと遅くなりましたけど、お昼でも食べて戻りますか」
いい加減に戻らないと、さすがに仕事が溜まってるだろうしな。
「ねえ、牧野」
「はい?」
振り返ると、バケットを押しつけられた。
今朝、主任がカップケーキを入れていたやつよりもだいぶ小さい。
「なんですか、これ」
開けると、サンドイッチが入っていた。
「見てわからない?」
「えーっと。お弁当、ですか?」
「そうよ」
そうよ、って。
「え。もしかしてつくってきたんですか?」
「今朝、はやく目が覚めたの。お菓子をつくったついでよ」
「ついでって、ぜんぜん違うものじゃないですか」
主任がむっとした顔で手を伸ばしてきた。
「食べないならべつにいいわよ。美雪ちゃんにあげるわ」
「す、ストップ! 食べないとは言ってません!」
おれは慌ててその手からバケットを守った。
「最初からそう言えばいいの」
言いながら、主任はロビーのベンチに座った。
おれもそれに倣った。
しかしまあ、わざわざお弁当なんてつくってきちゃって。
どんだけ楽しみだったんだよ。
「じゃあ、いただき……」
と、そのときだった。
「あーっ! あのときのハンターさん!」
振り返ると、大学生の女の子ふたり組が更衣室から出てきた。
どちらも真新しい装備に身を包んでいる。
「あぁ、この前の。今日は川島さんと潜るの?」
「はいー。この前と同じで、スライムの討伐をします」
「そっか。あのとき教えたことに気をつけてね」
「はーい」
ふたりはきゃっきゃと笑いながら、転移の間に入っていった。
「……なに、いまの?」
「え? あぁ、この前の日曜日、ダンジョンの付き添いでいっしょに潜ったんです。スライムとブラッド・ウルフを狩りました。やっぱり若いと飲み込みも早いですね」
「この前の日曜?」
「はい」
サンドイッチを口に運んだ。
お、いけるな。
「……牧野」
「え?」
がしっと、バケットを掴まれた。
その手がわなわなと震えている。
「え、なんすか?」
「う、う、う……」
う?
「裏切り者ぉ――――!」
ぽーいとバケットが宙を舞い、少し離れたところでべしゃっと中身をぶちまけた。
「ちょ、なにしてんすか!」
「うっさい! あんたこそ、ひとが我慢してるときになにひとりだけ潜ってんのよ!」
「いや、だって川島さんが風邪で引率できないって……」
「だってもへったくれもないでしょ――――!」
「痛い!」
主任はおれをバッグで殴ると、自分のバケットの中身を口の中に詰め込んだ。
もぐもぐもぐもぐ。
ごくんっ!
「……じゃあね!」
そうして、ひとりで『KAWASHIMA』を出て行ってしまった。
「…………」
おれは呆然としたまま、ばらばらになったサンドイッチを見つめていた。
そこへ、美雪ちゃんが箒とちりとりを持ってやってくる。
「マキ兄。浮気を告白するのってさ、結局、男の自己満足だと思うんだ。墓まで持ってく覚悟がないならしないほうがいいよ」
「いや、そういう話じゃないから……」
そもそも、きみが依頼したことでしょ……。
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