7-完.お土産は計画的に


 リハビリ中とはいえ、けっこう手こずったな。


 おれはゴリラ型のエリアボスと、その仲間のサル型たちのモンスター核を持って戻ってきた。

 初めて見るモンスターだったから、向こうに帰って鑑定に出すつもりだ。

 もし新種なら、謝礼と命名権を与えられる。


 しかし、あのふたりはうまくやってるかなあ。

 正直に言って、あまり馬の合う感じではないけど。


「……え?」


 おれはその光景に絶句していた。

 なぜかふたりが、温泉の縁でぐったりと力尽きている。


 もしかして、モンスターの強襲が……?


 ん?


 おれは、足元に転がるそれを拾った。


「…………」


 なんで酒なんか持って来てるんだよ!


 しかも一升瓶が空っぽ。

 そりゃ温泉でこんなに飲めば酔いつぶれるに決まってる。

 寧々は弱いのは知っているが、主任もそれほど強いほうではない。

 ダンジョンのあとは、いつもおれがタクシーを呼んでいるのだ。


「……ハア。まあ、意気投合したのかなあ」


 しかし、どうやって運ぼうか。

 エスケープで戻るのは簡単だけど、その前に服を着せなければいけない。


「…………」


 いかんぞ。

 そんなことした日には、両方から命を狙われることになる。


 ……でも、まあ?


 一応このふたり、見てくれは美女と言っていいだろう。

 そんなのが、こんな無警戒な姿でいるのだ。

 少しくらい見ても罰は当たらないのではないだろうか?


「……いやいや」


 戦闘の余韻で、変な思考になってるな。


「……コホン」


 おれはぐっと伸びをした。


「……あっれー。おかしいなー」


 腕が勝手に動くぞー。

 これはあのゴリラの呪いかー。呪いならしょうがないなー。

 解呪スキルもたまたま切らしているなー。


 それにほら、のぼせたら大変だしな。


 これは介抱だ。

 その際に、ちょっと見えてしまっても事故というものだろう。


 おれが主任を湯から出そうと手を伸ばしたときだった。


 がしっと、腕が掴まれた。


「うわー! 嘘です、冗談です! ほんの出来心っていうか殺さないでください!」


「……まきのお」


 主任がじろりとおれを睨みつけた。


「ちょっとこっち来なさい!」


 ぐい。


「――え」


 バシャーン。


「ぶは!」


「いい!? あんたはねえ、いつもいつもそうなの! わかってんの!?」


 すみません!

 ぜんぜんわかんないっす!


 ただ主任、ちょっとこれ、いろいろまずいとこ当たってます!

 いや、やめてほしいとはこれっぽっちも思ってませんけど!


 と、うしろからさらに重みが加わった。


「牧野お――――!」


 寧々が背後からスリーパーホールドを極めてくる。


「おまえは、ほんっと、いつもそうな! いい加減にしろよコラ!」


 だからわかんねえって言ってるだろ!


「ふ、ふたりとも、ちょっと落ち着けって……」


 ん?


 気がつくと、ふたりは完全に停止していた。

 おれを挟んで、そのままの体勢で小さな息を立てている。


「すぅー」


「ぐぅー」


 ……寝てやがる。


 身体を動かそうにも、寧々の極めた技のせいで動けない。

 おれはぼんやりと、雪の舞う空を見上げた。


「……よし」


 もうちょっと楽しんでくか。


 いや、温泉をね?



 …………

 ……

 …



 そして月曜日。


「……牧野」


「は、はい」


 出社すると、ちょうどエレベーターで主任と出くわした。

 気分は絞首台の上である。


 しかし、主任は首を振った。


「なんか、あのダンジョンからの記憶がないんだけど……」


 結局、完全にのぼせた主任は、そのまま『小池屋』でもう一泊して帰ってきた。

 おれは報復が恐いので、もちろん予定通りの新幹線で帰ってきたのだ。


「あ、あはは。やだなあ。寧々と意気投合して、そのままいっしょに飲んで帰って来たんでしょ?」


「あ、そうなの? そっかー。なに話してたんだっけー……」


 エレベーターのドアが開くと、彼女は首をかしげながらオフィスに行ってしまった。


 ……どうやら、おれの命は助かったようだ。


 おれが自分の机に座ると、ふと隣の同僚が言った。


「なあ」


「なに?」


「おまえの土産が、温泉饅頭ってのはわかるんだけどさ」


「うん」


 同僚は、ぼんやりとした顔で小さなチーズケーキをかじった。


「なんで有休で旅行してたっていう主任の土産も、熱海の有名店のスイーツなんだろうな?」


「…………」


 隣から疑いの視線が突き刺さる。


「まさか……」


「そ、そんなわけないだろ。あの主任だぞ?」


 同僚は、ふうんとつぶやいて欠伸をする。


「ま、そりゃそっか」


「そ、そうだよ。ハハハ……」


 おれは乾いた笑みを浮かべながら、外回りのために上着をとった。


 ちょっとこの週末は疲れた。

 できれば、しばらくはゆっくりとしていたいけど……。


 と、オフィスを出たときに携帯にメッセージが入った。


 あれ、寧々だ。

 なにか用か?


『宿のほうは仲居に任せて、ハンター業に復帰することにした。あの温泉の諸々を済ませたら、そっちに行くのでよろしくな』


 おれは思わず携帯を落としていた。


 ……どうやら、ゆっくりできるのはしばらく先のことになりそうだ。

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