7-8.いともたやすくおこなわれる黒歴史暴露


 あれは大学に入りたてのころ。

 わたしは現代社会学の講義の前に、友人たちの会話に耳を傾けていた。


「サークルなんにするの?」


「次はテニス行ってみようよ」


「やだよ。あんなひらひらしたスカートとか穿きたくない」


「あれ、明らかに狙ってるよねえ」


「えー。でもうちの高校の制服とか、あんなもんだったよー」


 笑いながら、ふと窓際に目をやる。

 そこにひとりの男がいた。


 どこかアンニュイな雰囲気で、いつもあの席に座っている。

 校内でも見かけるが、誰かと歩いているところは見たことがなかった。


 よくある大学生ぼっちだ。

 そうは思うのだが、妙に気になった。


 とはいえ、話しかけることもなかった。


『……で、あるからして。昨今の社会福祉における問題点は』


 そいつはいつも、退屈そうに欠伸をしていた。

 あいつの声を聴いてみたい。

 ふとそう思った。

 講義のあと、そいつに話しかけた。


「なあ」


「…………」


 返事はなかった。

 構わず隣に腰かける。


「おまえ、いつも欠伸してるよな」


「……ヒマだからな」


「この講義、けっこう人気あるらしいぞ?」


 そいつは面倒くさそうだったけど、返事はしてくれた。


「こっちの人気とか、どうでもいい」


 そう言って、ぽつりと付け加える。


「あの退屈な無駄話の間に、サイクロプスが二体は狩れる」


「え?」


「……なんでもない」


 そいつは立ち上がると、さっさと教室を出て行った。



 次にそいつの声を聴いたのは、二週間後だった。

 講義の中で、各地に現れたダンジョンを取り上げたのだ。


『わたしとしては、このようなものが野放しにされていること自体が問題だと言える。モンスターだ財宝だと、ダンジョンで事故に遭う若者は増加の一方だ。そんな馬鹿げたものは、即刻、埋め立てるべきだと……』


 わたしはぼんやりと教授の言葉を聞いていた。


 ――ダンッ!


 突然、誰かが机を叩いた。

 見ると、あの窓際の男が立ち上がっている。


「……おっさん。ダンジョンに潜ったことあるの?」


『お、おっさん!?』


 教授は怒鳴りそうになるところを、他の学生の手前、必死にこらえた。


『コホン。きみは誰だね?』


「社会学部一年、牧野。プロハンターだ」


『ぷ、プロハンター?』


 教授は忌々しそうに舌打ちした。


『まったく。きみもくだらない遊びは控えて、真面目に社会貢献を……』


 ――ヒュンッと風切り音がした。


 瞬きをした瞬間、牧野が教授を組み伏せていた。


「ダンジョンに潜ったこともねえやつが、あの世界を語ってるんじゃねえよ!」


 やつは鞄を担ぐと、さっさと出ていてしまった。


 しーんと静まった教室で、やけに自分の心臓の音がうるさかったのを覚えている。

 わたしは立ち上がると、慌てて牧野のあとを追っていた。


「な、なあ!」


 牧野は面倒くさそうに振り返った。


「なに?」


「あ、あの……」


 わたしは必死に叫んだ。


「ハンターってさ、どうすればなれんの!?」


「…………」


 そいつは眉を寄せた。


「はあ?」



 …………

 ……

 …



 黒木が口元を引きつらせた。


「……それ、大丈夫だったんですか?」


「あのときは謹慎一か月だったかなあ。まあ、教授のほうが完全にビビっちゃって、表には出そうとしなかったんだけど……」


「へ、へえ」


「とにかく、わたしはあいつに近づきたい一心で、ハンターになっちゃったわけ。まあ、それでこうして食ってるんだから、なんとも皮肉だよなあ」


 あっはっは、と笑いながら酒をあおる。


 ……あぁ、死にたい。

 まさか、十年近く片思いすることになるとは思わなかった。


 黒木も、気まずそうに猪口に口をつけた。


「…………」


「…………」


 妙な沈黙の中、わたしは切り出した。


「……で、その、あれだよ」


「あれ?」


「はっきり言えよ!」


「な、なにがですか」


 わたしは酒瓶をラッパ飲みした。


 ――ぷはあ!


「つ、つき合ってんだろ!」


 黒木がぶっと吹き出す。


「つき合ってません!」


「うそだ! あいつがわたし以外の女と、あんなに話してるの初めて見たぞ!」


「た、ただの会社の上司と部下です。たまたま、こうやってモンスターハントを教わっているだけ。それ以上でも以下でもないです」


「ほーう。へーえ。ただの部下が出張するのに、わざわざ有休とってついてきたってか?」


「うぐ……」


 その澄ました顔が強張った。


「こ、このダンジョンに来てみたかったんです」


「その割に、下調べとかなにもしてねえじゃん」


「そ、それは、あいつがやってくれてたから……」


 もごもごと言いながら、わたしの手から酒瓶を奪い取った。


「あ」


 ぐいーっとラッパ飲みすると、黒木は口元を拭った。


「た、ただの上司と部下です!」


「お、おう。そうか……」


 わたしはその酒瓶を奪い返すと、同じようにラッパ飲みした。


 ぷはあ。


「……じゃあ、あれな」


「え?」


「わたしはこの温泉であいつを仕留めるから、もちろん邪魔しないよな?」


「し、仕留めるって……?」


 わたしはこぶしを握り締めた。


「昨日のでわかった! あいつみたいな男には、からめ手なんぞ通用しねえ! わたしはこの温泉で、あいつに色仕掛けをする!」


 男なんて女が風呂に誘えばイチコロだって仲居も言ってたしな!


「だ、ダメ、ダメですって!」


「なんで? ただの上司なんだろ?」


「部下には健全な恋愛をしてほしいだけで……」


「はあ? おまえ、先に強制エスケープで現代に戻してやってもいいんだぞ。もちろん、そのバスタオル一丁の格好でな!」


「お、鬼ですか!」


 うぐぐぐ、と悔しそうに歯を食いしばる。


「とにかく、わたしが許しませんから!」


「へえ。素人女のくせにわたしに喧嘩売ろうっての?」


「だから、その言い方はやめてくださいってば!」


 わたしたちは温泉の中に立ち、互いに睨み合った。

 こんなに血が騒ぐのは、久しぶりだぜ。


 ――いざ、尋常に!

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