7-6.肩まで浸かって10秒数える


「はああああ」


「うへえええ」


 主任と寧々が、同時に幸せそうなため息をついた。

 おれはため息をついて、ちらと視線を向ける。


 乱暴に脱ぎ散らかされた衣類が目に入って、思わず顔を逸らした。


 ……なにがとは言わないが、ふたりのを比べると悲しい気持ちになるな。


 というかバスタオルを巻いているとはいえ、よく男のいるところで風呂なんか入れるものだ。


「極楽、極楽。いやあ、まさかあんな地形変化が起こってたなんてなあ」


「寧々さんも知らなかったんですか?」


「このダンジョンは気分屋だからなあ。ちゃんと調べようとしたら、どれほど金と時間がかかるか。まあどっちにしろ、牧野のエコーに引っかからないとなると、並みのハンターじゃ無理だろ」


 例の温泉はすぐに見つかった。

 いまは女性ふたりが、その効能を確かめるという名目でそれを満喫している。


 おれは周囲を見回した。

 ぐるりと崖に囲まれた窪地で、上空からでなければその存在がわからないエリアだ。


 他は岩石地帯だが、ここだけはなぜか植物が自生している。

 豊かに生い茂った森林は、まるでジャングルのようだ。


 そういえば寧々が、地下水をくみ上げているとか言っていたな。

 この下に水脈があるんだろう。


「……お?」


 向こうで、寧々のトラップが発動した。

 そちらに向かうと、赤い顔をしたサル型モンスターが息絶えている。

 レベルとしては、外の連中と同じくらいか。

 これなら、ここを『未踏破エリア』に指定しなくても済みそうだ。


 と、温泉のほうから寧々の声がした。


「おーい、見張りー。なにがかかったー?」


「さっきと同じだ。どうやら、ここはこいつらの縄張りみたいだな」


「ふうん。ならまあ、エリアの占領は難しくなさそうだな」


「そうだな。いまのうちに行ってくる」


「ひとりで大丈夫か?」


 おれはモンスターの死骸を見た。

 顔の赤みに違いがある。

 赤が濃いやつほど、わずかだが怪我の程度が浅い。

 おそらく、これが強さを示しているのだろう。


「……問題ないだろ。主任をよろしくな」


 ていうか、これ以上、こんな生殺し状態が続くのはごめんだ。


「りょーかーい」


 ひらひらと手を振る寧々に背を向けると、おれはジャングルへと足を踏み入れた。



 …………

 ……

 …



 温泉から歩いて三十分ほどのところで、ふと視線を感じた。

 ねっとりとしていて、圧迫感のあるプレッシャー。


 剣を抜いた。

 周囲を警戒していると、ふと頭上の木々が揺れた。


 一瞬ののち、大きな影が降ってきる。

 おれはそれを、横っ飛びで避けた。


 ズンッと大地を揺らしたのは、ゴリラ型のモンスターだった。

 その体躯はサルたちの数倍はあるだろう。

 なによりも、こうして対峙したときの威圧感が違う。


 ……こいつか。


 鋭い眼光がおれを見据える。

 そのモンスターは、丸太のような腕を振り上げた。


 ――攻撃補助スキル『ブースト』。


 その剛腕をかわして、振り返りざまに二の腕を切り裂いた。


『――――ッ!?』


 モンスターが悲鳴を上げた。

 おれに背を向けると、一目散に距離を取ろうとする。


 もう逃げるのか?


 しかしそいつは立ち止まると、空に向かって唇を突き出す。


『ウホッ、ウホッ、ウホッ』


 途端、周囲の木々がざわめきだした。

 どうやら、部下を呼び寄せる行為だったらしい。


 まいったな。

 どうやら、仲間が集まってくるまでに仕留めなければならないようだ。


「……おれも温泉、入っとくんだったな」


 おれはブーストの出力を上げると、そのモンスターの背中に剣を振り下ろした。

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