7-5.穴


「よーう。問題あったか?」


 寧々が岩に腰かけて、スポーツドリンクのボトルに蓋をしていた。

 その周囲には、彼女の罠にかかったらしい大型モンスターが倒れている。


「なかったよ。いい仕事だった」


「当たり前だろ。わたしを誰だと思ってるんだよ」


 疲れのひとつも見せずに、けらけらと笑った。


 おれは周囲を見回した。

 切り立つ崖に挟まれた、やや狭い空間だった。


 ここも寒いエリアだが、雪は降ってはいない。


「ここがそうか?」


「あぁ。疲労の末にここで倒れて、気がついたら温泉の前にいたんだと」


「ふうん。特に変わったところはなさそうだけど……」


 探知スキルを放つが、特に地形に不審な点はない。


「転移スキルか?」


「モンスターが使うとしたら、例のハンターは温泉じゃなくて腹の中で目を覚ましただろ」


「じゃあ獲物と間違われて、鳥型モンスターに運ばれる途中に落ちたとか?」


「いや、ないだろ。人間を運べるサイズのやつが、この狭い崖の間を下りられるとは思えねえ」


「まあ、そうだな」


 ……なにより、ここのモンスターはエリアをまたぐことはしない。

 ここから雪の降るエリアに行くには、二種類のモンスターが交代で運んだことになる。


「あれ、主任は?」


 寧々が指さした。

 見ると、崖に手をついてうずくまっている。


「主任。大丈夫ですか?」


「え、あ、うん……」


 静かだと思ったら、顔が真っ青だった。

 俗にいうダンジョン酔いの症状だ。

 治癒スキルで体力は維持していたが、どうやら精神のほうが限界に来たらしい。


「……ハア。まあ、わかっちゃいたけどな」


「しょうがない。先に寝床をつくろう。温かくして横になれば……」


「…………」


 と、なぜか寧々がおれを見つめている。


「なんだ?」


「おまえ、変わったよな」


「急になんだよ」


「あの頃なら、さっさとエスケープで帰してたろ」


「いや、でもせっかくここまで来たんだし……」


 それに彼女の意思を無視してみろ。

 会社できつい嫌がらせを受けるのは目に見えている。


「おまえだって、ずいぶん変わっただろ。前はもっと、こう、ぴんと張ったピアノ線みたいな……」


 ぎろり。

 なぜか寧々がおれを睨んだ。


 な、なんだ。

 変なことなんて、言ってないだろ。


 すると彼女は、その場に立ち上がった。


「それは……!」


 そのときだった。


 ――ズーン!


 突然、地面が揺れた。

 おれたちは、ハッとして警戒態勢をとった。


「主任、なにか来ます! こっちに……」


 振り返った瞬間だった。


 主任の手をついていた崖に、大きな穴ができた。


「――え?」


 支えを失った彼女が、そのまま転がり落ちる。


「きゃああああああああああああああああああ」


「しゅ、主任!?」


 おれは慌ててその穴に飛び込んだ。

 それはまるで、長い滑り台のようだった。


 暗闇の中を滑っていくと、やがて白い光が迎える。


 そこに着地して、おれは目を見張った。


「――ここは」


 そこは、一面の銀世界だった。

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