7-4.小池寧々


「こ、これなに?」


 おっと、どうやら正気を保てたみたいだな。


「あぁ、大丈夫ですよ。これ、寧々の仕業なんで」


「え!?」


 おれは一体の身体に巻きついたピアノ線のようなものをつまんだ。

 魔力の残り香が、わずかに漂っている。


「寧々のスタイルは、罠を仕掛けて獲物を待つトラッパーと呼ばれるものです」


 そのとき、視界の端でなにかがキラリと反射した。

 おれは片手剣を抜くと、それを弾き返す。


 力をなくした糸が、音もなく地面に落ちた。


「……こんな風にね。あ、危ないので触らないでください」


 主任がその糸を、しげしげと眺めた。


「でも、この糸だけでモンスターを?」


「この糸は『カンガルー』と同じように、スキルを込めることができます。これは高熱スキルですね。あいつの十八番で、巻きついたモンスターを焼き切るものです。この寒いエリアのモンスターは熱さに鈍感なので、気づいたときには四肢が切断されています」


「…………」


 案の定、主任がドン引きしている。

 いやまあ、おれからしたら大剣で斬るのも大差ないと思うんだけど。


「でもまあ、昔に比べたら丸くなったほうですよ」


「これで!?」


「はい。前は爆裂スキルとか平気で使ってたんで。あいつが闘ったところ、地形が変わってましたもんね」


「…………」


 自分のダンジョンを経営して、考え方も変わったのかもしれない。

 どちらにせよ、腕は鈍っていないようでなによりだ。


「ねえ。寧々さんって、やっぱり強いんでしょう?」


「えぇ。卒業のころ、いくつか海外のプロチームに誘われてましたね」


 しかし、彼女の真価は強さではない。

 このダンジョンに潜って、すでに一時間以上が経過している。

 おれたちは、寧々の残した道しるべに沿って歩いているだけ。

 それなのに、出会ったモンスターは最初の群れからはぐれたネズミ型と、寧々の罠にかかったこいつらのみ。


 レベル5の主任が安全に通れる道だけを選び、予想外の危険が迫っても排除する仕掛けを用意している。

 寧々の索敵能力を超えるハッカーは、おそらく日本で――いや、世界でもそうはいない。


 あの小柄な身体からは想像のつかない仕事。

 かつてあいつをスカウトに来た海外のプロハンターが、どれだけ断られても食い下がっていたのを覚えている。


 そんな寧々が、なぜ世界の舞台を蹴ってダンジョン経営を選んだのか。

 その理由を、あいつは話そうとはしないけど。


 すると、主任が微妙な顔でおれを見ていた。


「……あんた。寧々さんとよくいっしょのパーティにいたわよね」


「あはは……。他にモンスターハントやってるやつ、いませんでしたからね」


 そこで、岩石に赤い札が貼られているのに気づいた。

 これまでと同じように、おれはそれに触れて合図を送る。


「さて、目的地が近いですよ」


「え、ほんと?」


「はい。向こうのエリアで寧々が待っているはずです」


 主任の顔色が明るくなった。


「温泉が近いのね!」


「まあ、無事に見つけられたら、ですけど」


 仮に見つけられたとしても、まだ大きな問題が残っているんだけど。

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