7-3.温泉への道
「主任。寒くないですか?」
彼女はがちがちと震えながら、身体を抱いている。
「さ、ささ、寒ぐないじ!」
いや、そんな顔で言われても説得力ないんだけど。
主任は、おれをキッと睨んで進んでいく。
そして大声で叫んだ。
「はやく温泉入りたあ――――い」
―*―
「温泉?」
このダンジョンに潜る前、クエストの確認をしているときのことだ。
「そ。温泉」
「それ、ダンジョンの中の話か?」
寧々は、こくりとうなずいた。
「先月、このダンジョンで行方不明になったハンターがいてな」
「……そんなに軽く言っていいことか?」
「大丈夫、大丈夫。そいつ、無事に生還したし。そのときに、変な温泉が湧いているのを見つけたらしいんだよ」
「へえ?」
先にも言った通り、ダンジョンとはすべてが解明されているわけではない。
温泉が湧くダンジョンなど聞いたことはないが、あったとしても不思議ではないだろう。
「なにが変なんだ?」
「雪の降るエリアだったらしいが、その温泉に浸かったら体力が回復したんだと。疲れが消えて、腹も満たされ、なにより強さも増した。そのおかげで、こっちに戻って来られたと言っていたな」
「……まるでゲームみたいな話だな」
信じがたいことではあるが、なにせ剣も魔法もある異世界のことだ。
ないとも言い切れないし、仮に発見できたとしたら……。
「これは金になる!」
寧々は目を輝かせてこぶしを握った。
「ダンジョン温泉、これは他にはない宣伝材料だ! 年間の来客数は倍、いや三倍! そのためには、温泉の発見とそのルートの確保が重要課題だ。そこで、おまえには……」
……すっかり経営者が板についたものだ。
おれはそんな彼女を、どこか眩しいように感じた。
…………
……
…
本日のクエスト
お題:不思議な温泉の探索
このダンジョンのどこかにある、不思議な温泉の発見
および、その周辺の安全の確保
基本報酬:発見2万+安全の確保3万=計5万
追加報酬:温泉入り放題
「ねえ、ここは違うの? すごく寒いけど……」
「いえ。話によれば、これほど寒いエリアじゃないらしいですね。それに、ここには雪が降っていません」
「そ、そう……」
強がっているが、彼女は明らかに消耗している。
なによりも……。
「主任。鼻水、凍りかけてますよ」
彼女は慌てて顔を手のひらで覆った。
……まったく。
「これ着てください」
おれは自分が羽織っていたマントを主任の肩にかける。
「……なに、これ。寒さが和らいだわ」
「ちょっと特別な装備です。なくさないでくださいよ」
「あんたは大丈夫なの?」
「まあ、環境適応スキルにも少しだけポイント振ってるんで……」
とはいっても、ここほど寒いのはきついけど。
あぁ、くそ。
はやくここを抜けなければ。
主任を見ると、彼女はそのマントをぎゅっと握った。
「……ありがと」
「いえ」
――ん?
おれは寒い風の中に、ほんのわずかな血の臭いが混ざっているのに気づいた。
「……主任。覚悟してください。ちょっとグロいですよ」
「え?」
そうして、小高い丘を越えたとき。
「え……」
主任が絶句した。
そこには、十数体のモンスターたちが血まみれで息絶えていた。
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