6-5.せめて大浴場を


 おれたちは隣の部屋を覗いた。

 そして主任が叫んだ。


「ここ、物置じゃないの!」


 廊下の奥にある、業務用の布団がしまわれた部屋。

 そこにちゃぶ台が置いてあり、夕食らしきご飯とみそ汁とお漬物が並んでいた。


「うるせえ。他に空いてる部屋がねえんだよ。寝床を用意してやっただけでもありがたいと思え。あ、朝風呂行きたきゃ自販機の横にコインシャワーあるからな」


 そう言うと、寧々は主任の荷物を廊下に放りだした。

 にやりと笑うと、躊躇もなくドアを閉める。


「じゃあな」


 バタン!


 ……変わってねえなあ。

 大学のころに近寄って行った男どもが、あんな感じで撃退されていったのを思い出す。


 いや、感傷に浸ってる場合じゃない。


「お、おい。本当に追い出すことないだろ」


「ああん? しょうがねえだろ。他に部屋がないのは本当なんだ」


「じゃあ、この部屋に泊まれば……」


 ぎろり。


「なに。そういう関係なの?」


「い、いや、違うけど……」


「じゃあ、いいじゃん」


「そういうわけには……。あ、じゃあさ。おれがあっちに移るから……」


 言いかけて、ぐっと言葉に詰まる。


 寧々が、無言でおれを見つめている。

 その瞳が泣く寸前の子どものように揺れていた。


 ……ほんと、ちっとも変わってねえなあ。


「……わかったよ」


 ……それでも、まずは主任にメールで謝り倒すのが先か。


 かくかくしかじか、と。


 返信には『明日の朝、そっちに行くわ』とだけあった。


 うわーん。怒ってるか怒ってないかわかんねえよう。

 ……いや、そりゃ怒ってるに決まってるんだけど。


 でも、こうなったらしょうがない。

 おれは観念してテーブルについた。


「でも、料理はふたりぶんあるだろ。主任が向こうなら、こっちは誰が……」


 と、向かい側に寧々が座った。

 一升瓶を抱えると、スポンと王冠を抜く。


「飲むぞ」


「え。おまえ、いいの?」


「わたしの宿だ。文句あるか?」


「そういう意味じゃなくて……」


 女将がいなくていいのか?


「フン。普段からこっちはほとんど仲居に任せっぱなしだからな」


「おい、それでいいのか」


「細かいことはいいんだよ! ほら、猪口を出せ。それともなにか、わたしじゃ不満か!」


「いや、言ってないだろ」


 おれは苦笑しながら猪口を差し出した。


 とくとくと、透明な液体が満ちていく。

 その表面に、昔と変わらない寧々の顔が映っていた。


「……でも、あのときは驚いたよ」


「なにが?」


「卒業のときだ」


 おれは酒をあおった。

 熱い感覚が、喉を通り抜けていく。


 あのときも、こうして寧々と飲んでいた。


「おまえはてっきり、利根たちと海外に行くと思ってた」


「……あぁ、確かに誘われたけど」


 そう言って、ぐいっと一升瓶を差し出してきた。

 おれはそれを受け取ると、彼女の猪口に傾ける。


 寧々は猪口を器用に揺らした。


「あいつらと組んでも、つまんねえ」


「そうか? 実力は確かだろ」


 あいつらのうわさは、ネットなどで目にしている。

 かつてのパーティメンバーとはいっても、もはやうさぎと亀だ。


「わたしは、おまえと潜ってるときがいちばん楽しかったよ」


 そう言って、猪口に口をつけた。

 その言葉が彼女らしくて、おれは思わず頬を緩ませていた。


「おれもだ」


 寧々は鼻を鳴らした。


「あれ以来いっさい連絡せんくせに、よく言うわ」


「そう言うなよ」


 おれたちは、どちらともなく笑い出した。

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