6-3.ダンジョン『小池屋』
寧々のワゴン車を走らせること、数十分。
おれたちは、温泉街の外れにある建物に到着した。
たたずまいは由緒ある和風温泉宿。
その入り口の暖簾には、こう書かれていた。
『迷宮温泉宿:小池屋』
その看板を見て、主任が目を丸くする。
「あれ。ここって……」
「そうです。ここが『小池屋』です。寧々はハンターであると同時に、このダンジョンで温泉宿を営んでるんですよ」
「あ。それであんた、ホテルは取らなくていいって言ったのね」
「はい。連絡したら、部屋を用意してくれるって言われたもので」
まあ、おれも来るのは初めてなんだけど。
ワゴン車が止まると、妙齢の女性が出迎えた。
「おかえりなさいませ。女将さま」
「うん。こいつらが例の客だ。部屋に通せ」
「かしこまりました」
目が合うと、その仲居さんは上品な仕草でお辞儀した。
「こちらへどうぞ」
うーん。
どっちかって言うと、このひとのほうが女将さんっぽいよなあ。
通されたのは、一階の奥の『赤松』の部屋だった。
「なにこれ、すごい!」
入った瞬間、主任が声を上げた。
それもそうだ。
広い和室に、窓から見下ろす夜の熱海。
「いい部屋ですね」
仲居さんがくすりと笑った。
寧々の友人ということで、その物腰はずいぶんと柔らかい。
「うちでいちばんいい部屋なんですよ」
マジかよ。
あいつのことだから、物置にでも押し込められると思ってた。
しかし個室風呂のついてる部屋とか、一泊何万だろうな。
……あとで金払えとか言わないよな?
「では、のちほど主人が参りますので。お夕飯とお風呂はどちらを?」
「あ、はい。先に風呂に」
「かしこまりました」
仲居さんが出ていくと、おれたちは荷物を置いて一息ついた。
「でも、寧々さんっていつもあんな感じなの? あんまり接客業には向いてなさそうだけど……」
「いや、確かに普段から気性の荒いやつですけど……」
今日は輪をかけて機嫌が悪い。
さすがに初対面の主任に向かって蹴りを入れようとしたのは驚いた。
大学以来の再会なんだから、少しは喜んでくれてもいいと思うんだけどな。
さて、その前に風呂にでも行ってこようかな。
おれが浴衣を準備していると、ふと主任が言った。
「……ていうか、いっしょの部屋?」
そういえば……。
おれは部屋を見回した。
テーブルのお茶も菓子も、ふたりぶん用意してある。
あれ?
「あんた。もしかして、わたしのこと言ってなかったんじゃ……」
「いや、向こうで出るときに上司もいっしょに行くって連絡しましたよ」
ほら、履歴にも『ふたりだな。わかった』と返事がある。
「……とりあえず、風呂に入って考えましょうか」
まあ、いざとなったらおれが物置にでも寝床を用意してもらえばいいだろう。
さすがに主任も、おれといっしょの部屋だというのは困るだろうしな。
と、主任がわなわなと震えていた。
「ふ、風呂……?」
彼女の視線が、個室風呂の入り口へ向いていた。
その顔がすでにのぼせたように真っ赤だ。
「あ、あんた! まさか、いっしょに入ろうとか言うんじゃないでしょうね!」
「…………」
ぐはあっ!
あまりのことに、一瞬、我を忘れてしまった。
「あ、いや! 違います! 大丈夫です。おれ、大浴場行くんで!」
「え。そ、そうなの?」
「そ、そうですよ。主任はそっちでゆっくりしてください」
おれは慌てて部屋を出た。
……はあ、まったく。
主任、もっと男に対して警戒心を持っていてほしいな。
あんなこと目の前で言ったら、勘違いしちゃうやつだっているだろうに。
……あれ。
もしかして主任、まんざらでもなかった?
「…………」
いや、いや。
下手なことして警察沙汰にでもなってみろ。
クビどころか社会的に抹殺されてしまう。
……あー、くそ。
夕飯、なにかなあ。
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