6-2.まず胃薬を買おう


 先方での話が終わり、おれは主任と再合流した。


「問題なかった?」


「はい。本当に大したことないみたいでしたね」


 憂いも消えたところで、熱海駅であいつを待つことにした。


「ねえ。あんたのハンター仲間って、どんなひと?」


「あー……」


 そうだなあ。


「一言で表すなら、殺戮マシーンですね」


 主任がぎょっとする。


「さ、さつ……?」


「ひたすらモンスターを狩ることに命かけたやつで、その手段とかスキルがとにかくエグイんです。それで、そう呼ばれてました」


 主任の顔が真っ青だった。


「……こ、恐いひとだったら、どうしよう」


 ……うーん。

 モンスターにはビビらないけど、人間は恐いんだなあ。


「いや、まあ。たぶん想像してるのとは違いますけど……」


 と、そのときだった。


「おい。そこのぽーっと突っ立っとる見るからに冴えん三流会社員」


 ハスキーな女性の声だった。

 その声に振り返ると、そこにはひとりの少女が立っている。


 おかっぱ頭の高校生くらいの女の子だ。

 身長は低く、コケティッシュな印象を受ける。


 まるで人形のよう。

 使い古された表現だけど、彼女を表すならそれが適切だった。


 しかしその中身が、そんな生易しいものではないとおれは知っている。

 彼女はまるで、親の仇でも見るようにこちらを睨みつけていた。


 ……なんか機嫌、悪いな。


 その子に向かって、主任が駆け寄った。


「わ、どうしたの? 迷子?」


「あ、主任。近づくと危ないですよ」


「え?」


 がぶう!


 その瞬間、主任の右手が噛みつかれた。


「んぎゃああああああああああああ」


 あー、あー。

 言わんこっちゃない。

 まあ、おれも事前に説明してなかったのが悪いか。


 おれは慌てて少女のうしろに回ると、その背筋を人差し指でなぞった。


 すいすいっと。


「…………」


 すると、そいつが小さく震えだした。


「……ぶっ。うひゃひゃ!」


 彼女はくすぐったそうに笑った。

 その拍子に、主任の手を解放する。


 おれを睨むと、唾をまき散らしながら怒鳴った。


「なにすんだボケッ!」


「それはこっちの台詞だろ」


 まったく、あのころからちっとも成長してないやつだ。


「主任、紹介します。大学の友人で、現役プロハンターの小池寧々ねねです」


 主任の顔が、驚きに歪んだ。


「え。こんな子どもが!?」


 あ、主任。それは……。


 おれが止めようとするよりも早く、寧々が跳んだ。

 主任めがけて、鋭い蹴りを打ち込む。


「ぎゃあああああああああああああ」


 主任はそれを間一髪でかわした。

 いやあ、ダンジョンでの経験って意外にこっちでも役立つもんだな。


 寧々は唸りながら主任に威嚇している。


「初対面でガキ扱いしてからに舐めとんのかコラ!」


「寧々、落ち着けって!」


 放っておいたら、いつ次の蹴りが飛ぶかわからない。


「主任。こいつはこんな見た目ですけど、おれと同い年です」


 ぎろり、と睨みつけられる。

 わかった。「こんな見た目」は失言だったから睨むなよ。


 まったく、それよりも言うことがあるだろうに。


「……寧々、久しぶりだな」


 彼女はチッと舌打ちする。


「手紙も寄越さんくせにいきなりダンジョン行こうとか、おまえも相当だな」


「ご、ごめんって」


「しかも……」


 じろ、と主任を睨む。


「どうした?」


「……なんでもないわアホ」


 彼女はぷいとそっぽを向いた。


「ほら。あっちに車置いてるから、話は行きながらな」


 主任が首をかしげる。


「え。行くって、どこに?」


 おれは彼女の荷物を持ちながら言った。


「ダンジョンですよ」

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