5-完.お買い上げありがとうございます


「……主任。もう帰りましょうよぅ」


 おれはモニタールームのパソコンから、主任が人形を相手に戦っている様子を眺めていた。


『え。いま何時!?』


「えーっと……」


 腕時計を見る。


「……九時を回ったところです」


『じゃあ、まだ電車は大丈夫ね! 皐月さん、次はこっちの手甲を……』


 おれはため息をついた。

 ……腹、減ったなあ。


 隣に座る皐月さんが苦笑した。


「無理無理。女の服選びは長いよ」


「いや、限度があるでしょ」


 終電までかかるというのは冗談だったけど、このままじゃ本当になりそうだ。


「牧野坊も見てったらいいじゃない」


「いや、おれはいまの装備で十分なんで……」


 本音を言えば買い替えたいけど、今月けっこうきついからなあ。


「しかし、牧野坊がレベル5のぺーぺーといっしょにモンスターハントねえ」


「……なんですか?」


「大学のころは『使えねえやつは切り捨てるぞ』とか真顔で言ってたくせにね」


 うっ。


「……それ、ぜったい主任の前で言わないでくださいよ」


「いいじゃん。あんなギラギラしたあんたも嫌いじゃないよ」


 まったく勘弁してくれ。

 そんな黒歴史を暴露されたら、もう一生、逆らえなくなってしまう。


 と、『fitting room』のドアが開いて主任が戻ってきた。


「決まったかい?」


「えぇ。やっぱりさっきのライオンのやつにするわ」


「まいど。じゃあ、オプションはどうしようか。まだスキルも少ないだろうし、また慣れてからでも……」


「そうね。さっき試したアレがいいわ」


「え。アレを気に入ったの? 闇属性のダンジョンじゃ、あんまり使えないよ」


「だって格好いいじゃない!」


 皐月さんがおれを見た。

 あー、うん。

 このひとは、こういうひとなんだ。


 皐月さんはタブレットにオプションを入力していった。


 さあて、やっと帰れるな。

 携帯で電車の時間を確かめていると、ふと主任が商品棚を眺めていた。


「あら。ねえ、牧野。これはなに?」


 それを見た。

 六角形の、手のひらほどの板だ。


「あー。それは『カンガルー』っていうサブウェポンです。簡単に説明すると、スキルの内臓装置ですね。ほら、覚えてません? ブラッド・ウルフを狩るときに、おれが地雷にしたやつですよ」


「あぁ、光がシュバッて出るやつね」


「この装置にスキルを入力することで、他人のスキルを一回だけ使えます。空になったら補充できますんで。あ、主任も持っときます?」


「え。いいの?」


「もちろん。まあ、だいたい一個か二個が限界ですけど。治癒スキルとか解呪スキルとか、持っておいて損はないですからね」


 結局、主任の装備一式にカンガルーを二つ買った。



 …………

 ……

 …



「あー、間に合ったあ」


 おれたちはなんとか電車に間に合った。

 ホームに到着すると、ちょうど電車到着のアナウンスが流れるところだった。


 主任はけらけら楽しそうに笑いながら、額に張りついた髪の毛を指でつまんだ。


「だから、やばいって言ったじゃないですか!」


「だって、皐月さんの話がおもしろくて……」


「いや、それは……」


「あんた、大学のころは通り名があったんだって? 『闇を狩るもの』だっけ?」


「…………」


 おれはふるふると震えながら、なにも言い返せずに顔を逸らした。


 くそ、ちゃんと釘を刺したのに……。

 まあ、皐月さんにそんなの効くとは思えなかったけど。


 おれと主任は、逆方向だった。


 ぼんやりと主任の横顔を見ていた。

 彼女は『ガリバー』のロゴの入ったビニール袋を眺めながら、にやにやしている。


 会社の連中は知らない。

 主任が、こんなに子どもっぽい顔で笑うことを。


 電車が滑りこんでくるときに、ふと思ったことが口をついた。


「あー、主任」


「なに?」


「……おれとダンジョン潜るの、楽しいですか?」


 満員の電車から、乗り換えの会社員たちがあふれ出てきた。

 その人波を避けたとき、ふと彼女の肩が触れる。


「あ、いや。なんとなく、ですけど……」


 急に恥ずかしくなって、おれはそうやって誤魔化した。


 ちらと顔を見ると、彼女はただ微笑んでいる。


「牧野。また明日ね」


 そう言うと、彼女は電車に乗った。

 振り返ると同時に、ドアが閉まる。


 その口が、なにかをつぶやいたような気がした。


 電車が発進した。

 彼女を目で追うが、すぐに見えなくなってしまった。


 その方向を眺めていると、反対のホームに電車が入ってくる。

 おれはそれに乗ると、帰途についた。

 一息つくと、忘れていた空腹を思い出す。


 そういえば、と思う。


 ――あのひとがモンスターハントをする理由を、おれはまだ聞いたことがなかった。

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