5-3.闇採寸


「で、どうするの?」


「あ、主任の装備を見繕ってほしいと思いまして」


「え。そっちの女の子とダンジョン潜ってるの?」


「はい。まだ駆け出しですけど」


 うしろから、ぐーで脇腹を突かれる。


 痛い、痛い。

 だってレベル5なんて、ひよっこもいいところだろう。


「ふうん。あんた、プロ引退して会社勤めしてたんじゃなかったっけ?」


「彼女がその会社の上司です」


「へえ。その年で始めるなんて珍しいね」


 主任がたじろいだ。


「だ、ダメですか?」


「いいや、うちとしてはお客が増えるのはありがたいよ。ご家族とか反対しなかったのかなって思っただけさ」


「……家族には言ってないので」


「あー。まあ、そりゃそうか」


 先にも言った通り、日本ではハンターの認知度は低い。

 そのくせ「命の危険があるスポーツ」ということだけはみんな知っている。

 特に嫁入り前の主任は、その風当たりが強いだろう。


 皐月さんも、特に深く追及する気はないらしい。

 タブレットで在庫の確認をすると、主任に向いた。


「じゃ、まず採寸からやるよ」


「あ、はい」


 言うや否や、皐月さんの右手が主任に伸びる。


 ぐわし。


 なぜかその右手が、主任の胸を鷲掴みにした。


 主任の顔が凍りつく。

 あまりのことに抵抗も忘れ、皐月さんの手にされるがままだ。


「ちょ、な、なに、どういう……」


「じっとしてな。女性ハンターの正確な胸囲を計るのは大事なことなんだから」


「で、でも、それって、メジャーとか使えば……」


 わしわし。


 そう言っている間にも、皐月さんの指は丹念に主任の感触を楽しんでいる。

 あー、そうだったな。


「主任。注意してくださいね」


「な、なにが!?」


「そのひと、【男装の麗人】ですから」


「……っ!」


 やっと男と結婚したって親父さんが喜んでたけど、やっぱり続かなかったみたいだな。


「先に言いなさいよ! あ、ちょっと、なんか手つきが……」


「えへへへ。お嬢ちゃん、けっこういい身体してるやないの。ちょっと奥の部屋で個人的に採寸してやるよ」


 皐月さん、戻ってきておっさん感が増してるなあ。


「見てないで助けなさいよ!」


「大丈夫、大丈夫。さすがに一線は守ってくれますよ。……たぶん」


「たぶんってあんたね!」


「いやまあ、ここで反抗すると装備を売ってもらえないんで」


「なあ――――!?」


 思い出すなあ。

 大学のころも、よくパーティの女の子が襲われてたっけ。


 おれが思い出に浸ってほっこりしていると、皐月さんは満足げにうなずいた。


「よし。そろそろ、まじめにやるか」


「やっぱり採寸に関係ないんじゃないの――――!」


 いやあ、主任って会社のときよりもこっちのほうが生き生きしてるよなあ。


「あ、牧野坊」


「なんですか?」


 皐月さんが、ぐっと親指を立てた。


「本物だから安心しな」


 ……おれが怒られるのでやめてください。

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