5-2.ここがハンターショップ


「まったく、冷やかしなら向こうで……」


 その女性はペンキの入ったバケツを持ったまま、じろじろとこちらを見た。


 あれ、このひと……。


 すると彼女は、おっと眉を寄せた。


「あれ。牧野坊じゃん」


「皐月さん?」


 彼女はにかっと笑った。


「おー。久しぶりじゃん。どうした?」


「ちょっと、装備を見てもらおうと思って」


「マジで!? おまえ、復帰したの?」


 くいくいと袖を引かれる。

 まずい、主任を置いてけぼりにしてしまっていた。


「だ、誰なの?」


「この店のオーナーの娘さんですよ。あれ、でもおれが卒業するころに結婚してったって聞いたけど……」


 すると皐月さんは苦笑した。


「いやあ、恥ずかしながら出戻ってきたのよ」


「マジですか」


「やっぱり合わなくてね。それよりさ、立ち話もなんだし入りなよ」


「あ、はい」


 おれたちは『ガリバー』に入った。


「うわあ」


 主任が目をきらきらさせながら店内を見回した。

 この店は広いが、それでも窮屈なほどに並べられた装備の数々。


 きらりと輝く鋭い剣に、磨き上げられた白銀の鎧。

 そして主任はきっと初めて見るだろう、無数の種類を持つ補助道具。

 それらがずらりと並んでいる景色は圧巻だ。


 この空気だけは、やっぱりネット通販じゃ味わえないものだ。


「あれ。皐月さん、親父さんは?」


「あー。入院してる」


「え!? どうしたんですか?」


「大したことないよ。この前、屋根の修理しようとして梯子から落ちたの」


 それ、大したことじゃないのかな……。


「そういえば、さっきペンキ持ってましたね」


「まったく。もういい年なんだから、大人しく業者に頼めって言ったんだけどね」


「ハハハ……」


 皐月さんはペンキのついたつなぎ姿のままで言った。


「さて、今日はどういったご用件で?」


「あ、おれじゃなくて……」


 あれ、主任はどこだ?


「うぎゃああああああああああああ」


 主任の悲鳴が聞こえた。


「どうしました!?」


 補助道具のエリアに走っていくと、主任がへたり込んでいた。


「も、もも、モンスターが!」


「え?」


 見ると、狼型のモンスターが唸っている。


「…………」


 おれはそのモンスターに右手を差し出した。

 すると間髪入れずに、そいつが牙を立てる。


「きゃあああああああああああああああああ」


 主任が悲鳴を上げて、慌てて飛びついてきた。


「あ、あんたなにしてんのよ! こいつ、離れなさい!」


 バッグでぽかぽか叩くが、モンスターはぴくりとも動かない。


「……あれ?」


 そこでようやく、様子がおかしいことに気づいた。

 おれは噛まれた右手を見せる。


 無傷だった。


「これ人形ですよ」


 主任が目を丸くする。


「だ、だって、動いてるじゃない!」


「いや、これは業者向けの魔石で動く補助アイテムです。主任は初期講習を受けてないから知らないでしょうけど、この人形相手に模擬戦ができるんですよ」


「…………」


 口をぱくぱくさせている。

 彼女はバッグを振り上げた。


 ――パコン!


 いてっ。


「さ、先に言いなさいよ!」


「いや、主任が焦ってるのがおもしろくて」


「こっちは心配したんだけど!」


 すると、うしろから皐月さんがやってきた。


「いやあ、あの牧野坊が彼女を連れてくる歳になったかあ」


「「違います!」」


 皐月さんは肩をすくめた。

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