4-完.日常への帰還
何度目かのモンスターとのエンカウントを経て、おれと川島さんは二階層ほど下りることに成功した。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
くそ。消耗が激しい。
正直に言って、モンスターは大したことはない。
しかしフロアを進むごとに、身体の動きが鈍くなっていく。
これはトラウマだ。
まだ、身体が拒否している。
あのトワイライト・ドラゴンに怯えている。
でも、行かなきゃいけない。
おれが主任をパーティに入れなければ、こんなことになっていなかった。
どうか、無事で……。
「……痛っ!?」
と、なぜか腕に焼けるような痛みが走った。
なんだ。
見ると、腕に青い光の模様が浮かんでいる。
これは……。
途端、おれの頭上に青い魔方陣が発生した。
にゅっと生足が伸びたと思ったら、どかんと重いものが降ってきた。
「うわ……!?」
それの下敷きになって見上げると、主任と美雪ちゃんだった。
「あ、あはは。マキ兄、元気だったー?」
「…………」
な、なんかあれだ。
美雪ちゃんのお尻の感触とか、主任の柔らかい胸の重みが直に伝わってこう、なんかすごく気まずいな。
――って、そんなこと言ってる場合じゃない!
「しゅ、主任。大丈夫ですか!」
「あ~……」
……完全に目を回している。
そういえば美雪ちゃん、昔からエスケープの操作が苦手だったな。
おれはため息をついた。
「……とりあえず、無事でよかったよ」
気を失った主任を背中に負ぶると、おれたちはすぐに転移装置まで急いだ。
「牧野……」
急に呼ばれて、どきりとする。
「な、なんですか?」
「火曜のプレゼン資料、ちゃんと作っときなさいよねえ」
「…………」
なんだ、寝言か?
と、なぜかおれの首に回った手に、微かな力がこもった。
「……こわかった」
「…………」
おれは小さくため息をつきながら、思わず頬を緩めていた。
まあ、寝言ということにしときましょうか。
…………
……
…
その翌週の水曜日。
おれたちはいつも通り『KAWASHIMA』を訪れた。
まったく、あんなことがあったのに懲りてないなあ。
「どうもー。いらっしゃいませー」
「……どうしたの?」
美雪ちゃんがなぜか椅子に縛りあげられて、しくしくと泣いている。
「お父さんから、しばらくダンジョン禁止だって言われて……」
「……た、大変だね」
まあ、あそこで主任を止めなかったのはプロとして失格だからな。
「あ、あと黒木さん。お荷物、届いてますよ。そこに置いてるので持って行ってくださいね」
「あら、ありがとう」
見ると、カウンターの前に大きめの包みが置いてあった。
「また、なにか買ったんですか?」
そういえば、あの大剣は未踏破エリアに置いてきてしまったんだっけ。
「……ちょ、ちょっとね」
なぜか美雪ちゃんが、にやにや笑っている。
どうしたんだろうな。
そして更衣室で別れるときに、ふと主任が言った。
「牧野」
「なんです?」
「……あんたがソロでやってる理由、美雪ちゃんから聞いたわ」
「…………」
「あんたがやめたいなら、無理につき合ってくれなくてもいいのよ」
「…………」
それは弟子のハンターではなく、ひとりの上司としての顔だった。
「まさか」
おれは笑った。
「おれはいつか、あいつをハントします。そうしたら、またプロに戻るつもりなんで。主任、そのとき足手まといだったら容赦なく置いていきますよ」
彼女はじっとおれの目を見つめていた。
やがて、柔らかく微笑む。
「……牧野のくせに生意気ね」
そうして、彼女は更衣室に入っていった。
おれも着替えを済ませると、転移の間の前で主任を待った。
今回で身に染みた。
まだ、目標は遠い。
すでに前に進んでいった友の背中は見えない。
それでも、おれはモンスターハントがやめられない。
まったく、病気なのはどっちだろうな。
「お待たせ」
「あ、主任。……え、それ」
主任が着ていたのは流動的なデザインの女性用フルプレートアーマー。
背中がぱっくりと開いた、デザイン重視の希少品だ。
「な、なんで?」
「この前、ネットで中古品がオークションに出てたから買ったの」
「へ、へえ。え、どうしてですか?」
彼女は拗ねるようにそっぽを向いた。
「……あんただって、いっしょにハントする相棒が可愛い格好してたほうがいいでしょ」
「…………」
なんでもないように言うが、その頬はしっかり赤くなっている。
それが伝播して、おれも思わず顔が熱くなってしまった。
「い、いや。おれ、どう答えればいいんですか?」
「な、なにも言わなくていいわよ! ほら、行くわよ!」
「あ、はい」
そうして、転移の間の扉に手をかけた。
「……あ、でも主任。よく、それ着れましたよね」
「え?」
いやあ、とぼけちゃって。
おれもあれから、少し気になってネットで調べてみた。
いや、別にその別名のほうじゃなくて、欠陥品だって言っていたからだ。
「それ呪い憑きで、装備したらそのアーマー以外は勝手に脱いじゃうって話じゃないですか。製作者の怨念ってすごいですよねえ」
あれ?
主任の顔が青い。
「じょ、冗談でしょ?」
「いえ、マジですけど……」
「……なんで美雪ちゃんは着れてたの?」
「だってあの子、呪い解除スキル持ってますもん」
この反応……。
もしかして……。
思った瞬間、主任が突然、自らのブラウスのボタンに手をかけた。
「ちょ、主任! なに脱ごうとしてるんですか!」
「わ、わたしじゃないわよ! 身体が勝手に動くの! いいから止めて、はやく止めてよ!」
「は、はい!」
「あ、こら、見るなボケ!」
「んな無茶な!」
主任に蹴られながらも、ぎりぎりのところでなんとかその尊厳は守った。
でもそれ以来、会社での風当りが強くなったのは言うまでもない。
……やっぱ、ソロに戻ろうかな。
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