4-4.ソロハンターの理由


「そもそも、どうしてあいつは普通の会社員してるの?」


「あー。ちょっとダンジョンから離れてたんですよ」


「そうなの?」


「はい。マキ兄が大学生のころでしたっけ。うっかりこの未踏破エリアに入っちゃって遭難したんです」


「え……」


 黒木さんの顔が引きつった。


「だ、大丈夫だったの?」


「はい。どうにかこうにか、その時のパーティメンバーたちと力を合わせて脱出に成功しました」


 あのとき、このダンジョンも経営を始めたばかりだった。

 お父さんやお母さんも、まだそんな大きなトラブルには慣れていなかった。

 知り合いのハンターさんも総動員する大騒ぎになったのを覚えている。


「で、そのときに最高レベルモンスターと出くわして、マキ兄は完全にビビっちゃったんです。それ以来、ダンジョンに入れなくなっちゃったんですよね」


 リハビリの甲斐もあって、いまでは黒木さんの付き人として入れる程度にはなっている。


「でもまあ、それ以来、パーティを組むのを怖がるようになったんです。さっき黒木さんが言ってたように、責任感だけは強いひとなんで」


「……それ、言っていいの?」


「どうせすぐ耳に入りますよ。ここの常連さん、みんな知ってるんで」


 黒木さんは、顎に手を当てた。

 なにかを深く考えているようだった。


 やがて、彼女はぽつりと言った。


「で、どうしてその話を?」


 わたしはにこりと笑いかける。


「その最高レベルモンスターが、このフロアのボスなんですよ」



 ――グオオオオオオオオオ。



 遠くから、地鳴りのような声が聞こえた。



 …………

 ……

 …



 だんだんと唸り声が大きくなってきた。

 わたしたちは、その最高ランクモンスターの気配が強い空洞へと近づいた。


 あまりのプレッシャーに、すでに息が詰まるような気がしていた。

 引き返すなら、ここら辺が瀬戸際だけど……。


 きらきら。


 ……このひと、筋金入りの恐いもの知らずだなあ。

 黒木さんの目が少年みたいに輝いているのを見て、わたしは説得を諦めた。


 本当なら、ここで意地でも引き返すのがわたしの仕事だ。

 わたしの『エスケープ』があれば、すぐにマキ兄のところに戻れる。


 でも、わたしも少しだけ興味があった。


 あのとき最年少プロハンターのパーティとして、海外のプロたちも一目置いたマキ兄たち。

 そんな先輩たちを、完膚なきまでに叩きのめしたっていう大物。


 そのモンスターの気配がする空洞の前で、わたしは探索スキルを発動した。

 エコーの魔力の波で、空洞の中の様子を確認する。


 ……おかしい。


 この空洞、すごく狭い。

 それにモンスターの影が見当たらない。


 でも、このプレッシャーは確かにモンスターだ。


 迷彩スキル『カモフラージュ』。


 まあ、わたしよりレベルが低いなんてことはないだろうけど、一応、念のため。


 そうして、わたしは空洞を覗き込んだ。


 やっぱり、狭い空洞があるだけだ。

 モンスターが視認できない。


 その瞬間だった。

 黒い魔力の帯のようなものが、わたしの足をからめとった。


「な……っ!?」


 それは瞬く間にわたしの身体の自由を奪った。


 視線を上げて、愕然とした。


 天井に、巨大な瞳が爛々と輝いていた。


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