主任、ルールは安全のためにあるんです

4-1.ダンジョンでの死亡事故の割合は


 おれは現代に戻ると、川島さんにことの次第を報告した。


「……それは、本当かい」


「はい。確率は高いです」


「そいつあ、参ったなあ」


 ぼりぼりと頭をかいた。


「とりあえず、各フロアに探索モンスターを放とうか。なに、うちの娘がついてるんだ。心配することはねえさ」


「はい、わかってます」


「ちょっと用意してくるから、先に転移の間で待ってな」


 おれは転移の間で、焦る気持ちを抑えた。


 転移スキル『エスコート』。


 自分と他の一名を、ダンジョンのどこかへ転移させる。

 主任が使いたがっていた『バニッシュ』の下位スキルにあたる。


 前におれが使った『エスケープ』との違いは、転移先の自由決定スキルというところだ。


 エスケープは事前に設定していた場所へ飛ぶ。

 そのため発動は簡単だが、融通が利かない。


 そして主任が使ったであろうエスコートは、飛ぶときに場所を指定する。

 そのぶん発動が一テンポ遅れるが、応用力は高い。


 しかしテンパった瞬間に使ったとしたら、どこに飛んだかわからない。


 だからスキルを覚えるときは相談してくれと言ったんだ。

 主任はまだ、ダンジョンの恐さを知らない。

 遊び感覚が抜けないひとから死んでいく。


 まあ、所詮は素人のエスコートだ。

 それほど危険な場所へ飛ぶとは思えない。

 とはいえ、もし美雪ちゃんとはぐれていたとしたら……。


 ……素直に待っているタイプでもないしなあ。


「用意ができたぞ」


 川島さんがやってきた。

 その腕には、十個近い虫かごを抱えている。


 中には、手のひらサイズの丸いネズミ型モンスターが入っていた。

 川島さんはそいつらに、主任と美雪ちゃんの冒険者カードを見せる。


「いいか。このふたりを探すんだ」


 ネズミ型モンスター。

 名前をマウス・ポリッシュ。


 現代でモンスターを家畜として飼うケースがある。

 こいつらもそのひとつで、このようなときにダンジョンを探索するのだ。


「こいつらを各フロアに放つ。美雪ならすぐにわかるさ」


「はい。お願いします」


 川島さんが転移装置を起動させる。

 まずは、最上層のフロアからだ。



 …………

 ……

 …



 青い魔方陣から、わたしたちは排出された。


「よっと」


「んぎゃ!」


 自分で発動したくせに、黒木さんは転移スキルに慣れずに尻もちをついた。


 いやあ、でもまさか『エスコート』を習得しているとは。

 黒木さんのことだから、もっとこう、すごい必殺技を覚えようとすると思ったんだけど。


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫よ」


 なぜか意地を張っているのは、きっと彼女のプライドが高いからだろう。

 大人になるって大変だなあ。


 黒木さんは立ち上がると、周辺を見回した。


「な、なにが起こったの?」


「たぶん蛇に襲われそうになった勢いで、スキルを使っちゃったんでしょう」


「ご、ごめんなさい」


「いいえー。むしろ、連れてきてくれてよかったです。もしひとりで飛んじゃってたら、どうしようもなかったですから」


「……そんなときは、どうなるの?」


 どうなる、かあ。


「まず黒木さん、じっと隠れてるのできなさそうですよね。歩き回った挙句、モンスターの二、三匹に囲まれて終わりですね」


「そ、そんなことは、ない、わよ……?」


 否定するけど、どうも自信がなくて声がしぼんでいった。


「ダンジョンで亡くなるひとって、多くは発見されないままなんです。よしんば発見できても、だいたい骨だけですね。あははは」


「…………」


 おや。完全に沈黙してしまった。

 ……ちょっとビビらせすぎたか。


「大丈夫ですよ。マキ兄の言うことを聞いてれば安全ですから。あのひと、モンスターハントに関してはちょっと異常なくらい神経質ですから」


「そ、そうねえ」


「とりあえず、現在位置を確認しましょうか。どんなモンスターがいるかわからないので、静かに行動してください」


 とはいえ、レベル5の『エスコート』なんて、たかが知れていると思うけど。


「いいですか。わたしが先行します。安全だとわかったら合図しますので、こちらに来てください。背後に不審なことがあったら、すぐに知らせてください」


「わかったわ」


 空洞を探知スキルで見回す。

 どうやらモンスターはいない。


「こっちへ」


 黒木さんがすぐについてくる。

 そうして、ふたりでぴったりとくっつきながら洞窟を進んでいった。


 ……しかし、妙だなあ。


 こんな場所、あったかな。

 この土も、ちょっと肌触りがおかしい。


 それに、静かすぎる。

 こんなにモンスターが見当たらない場所なんて、わたしは知らない。


 と、ふと耳になにかが聞こえた。

 地響きのような質量が、わたしの身体を軽く押さえつけるような気がした。


 ――これは、唸り声だ。


 背筋がぞくっとして、毛が逆立つようなこの感覚。


「あー……」


 ふと、そのことに気づいてしまった。

 黒木さんが、不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」


「あ、いえ。ちょっと、やばいかなーって」


「な、なにが?」


「…………」


 わたしの声が本気だとわかって、彼女の顔が強張る。


「ここ、未踏破エリアかもしれないです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る