3-2.このひとはいつもこんな


「……なあ」


 隣の席の同僚が、小声で話しかけてきた。


「なに?」


「あれ、どうしたんだろうな」


 その視線を追うと、黒木主任の席に行き着いた。

 彼女は鼻歌なんかを口ずさみながらメールに目を通していた。


「すっげえ機嫌いいんだけど」


「あー……」


 おれは先日のことを思い出していた。

 とはいえ、それを言うわけにはいかないけど。


「……主任だって機嫌のいいときぐらいあるんじゃない?」


「でも、おかしいって。いつもは新規とってきたぐらいじゃ何も言わないぜ。でも今日は……」


 ちらと見ると、主任が新人を呼び出していた。


「この資料、目を通したわ」


「は、はい」


 可哀そうに、新人くんはまるでワニの前に差し出されたチワワのように怯えてしまっている。

 これからなにを指摘されるのか。

 そしてどのようなお叱りを受けるのか。


 しかし、主任はにこりと微笑んだ。


「よくできているじゃない。プレゼンのときもしっかりね」


 すると、新人くんは頬を紅潮させた。


「あ、ありがとうございます!」


 あーぁ。

 うちの主任、あれですごく美人だからなあ。


 新人くん、すっかり舞い上がっちゃってまあ。


「あれかな。彼氏でもできたかな」


「……それはないと思う」


「なんで? あんな美人、いないはずねえだろ」


「あ、いや。まあ、そうだな」


「……もしかして、おまえ主任狙いとか?」


 ぐは。


「それ、本人の前で言わないでくれよ」


「冗談だって」


 いくらなんでも言っていい冗談と悪い冗談があるわな。


「……あれ?」


 視線を向けると、主任がじっとこちらを見ていた。

 その表情は、先ほどと打って変わってすごく険しい。


 彼女はゆっくり腕を上げた。

 ビシッとおれを指さして、くいくいと人差し指を曲げる。


「……いってらっしゃーい」


「…………」


 おれはゆっくりと立ち上がると、主任のデスクの前に立った。


「な、なんでしょう?」


 彼女はじろりと睨みつけた。


「……あんた。来週の〇×社との打ち合わせ、準備できてるんでしょうね」


「え。だって、あれはまだ数字が出てないですし……」


 ぎろり。


 ひいいい。


「それでもある程度はつくっておくのが社会人でしょうが!」


「す、すみません!」


「すみませんじゃなくて、いつまでに上げるか報告なさい!」


「え、えっと、じゃあ、前日までに……」


「そんなんで間に合うわけないでしょう! 週末には上げなさい!」


「そ、そんな……!」


 しかし、ここは主任のテリトリーだ。

 逆らってもどうせ無駄なのは身に染みていた。


 理由は知っている。

 自由にスキルを取らせないのを根に持っているのだ。


 ……あぁ、不公平だ。

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