主任、ハンターは外見で判断しちゃいけません

3-1.それはいわば裏メニュー


 てってれー。


 それはいつもの水曜日。

 主任といっしょに巨大ダンゴムシを狩ったあとのことだった。


「お?」


「あ!」


 おれたちは同時に顔を見合わせた。

 どこからともなく聞こえるその音は、とあるうれしいニュースだ。



 主任のレベルが上がった。



「おめでとうございまーす」


 美雪ちゃんがカウンター裏から取り出したクラッカーを破裂させた。


「うっふっふー」


 主任がビシッとよくわからない勝利のポーズをとる。

 にやにやしながら、こちらにどや顔をして見せた。


 あー、はいはい。

 すごいですねー。


 おれも控えめに拍手を送った。


「これで黒木さんのレベルは5になりました。こちらで登録を更新しておきます」


「いやあ、照れるわねえ」


 完全に天狗だ。

 まだハンターとしては序の口なんだけどなあ。


 まあ、うれしいことに変わりはないけど。


「それで、新しいスキルはどうするんですか?」


「あー。それなんだけど……」


 ちらとこちらを見る。

 その視線には避難の色がありありと浮かんでいた。


「……この馬鹿が取らせてくれないの」


「え。マキ兄、どうして?」


「なんか、わたしのスキルなのにこいつが決めるって聞かないの。わたしのスキルなのに」


 このひと、いま二回言ったぞ。


「えー。マキ兄。いくら師匠でもそれはダメだよ。スキル決めるのがいちばん楽しいところじゃない」


「そうよ、そうよ。やっぱり美雪ちゃんはわかってるわねえ。大学出たらうちの会社に入らない?」


「アハハ。わ、わたしはここを継ぐからやめときますー……」


 美雪ちゃんはやんわりと拒否した。


 それもそうだ。

 主任とハントするようになるまで、会社の愚痴とか聞かせてたからね。


 いや、いまはそれよりも……。


「待った、待った。どうしておれが悪いみたいな空気になってるんですか」


「だって、あんたが悪いじゃない」


「おれはもっとよく考えてほしいだけです」



 ――ここで少し、ダンジョンについて説明したいと思う。



 ダンジョンとは、この世界であってこの世界ではない。

 なにが言いたいのかというと、この地球上にはない別の空間なのだ。


 で、なんとびっくりレベルというものが実在する。

 レベルが上がればポイントを獲得して進化のチャンスを得るのだ。


 進化には二種類の方法がある。


 ひとつは、スキルと呼ばれる異能力を習得する。

 あるいは習得済みのスキルをランクアップさせることも可能だ。


 そしてもうひとつが、身体を強化させるもの。

 主任があの細腕で大剣を振り回せるのは、それにポイントを振っているからだ。


 ただしダンジョンの中でしかその効果は適用されない。

 なんとも不思議なものだけど、そうなのだからしょうがない。


 で、主任はこれまで、三回のレベルアップを経験している。

 一回はスキルを習得して、残りの二回は身体強化に回していた。


 ……いや、主任の言うこともわかる。

 でもハンターをするうえで、スキルはすごく大事なものなのだ。


 ハンターの中では、器用貧乏が最も使えないとされる。

 万能選手といえば響きはいいのだが、それでは必ず中級レベルでどん詰まる。


 攻撃手のアタッカー。

 防御担当のディフェンダー。

 エキスパートと呼ばれる補助系専門職。

 索敵・妨害工作などパーティを外から支援するハッカー。


 さらに物理スキルと魔法スキルのどちらを主体とするか。

 そのスタイルは、知れば知るほど多岐に渡る。


 できれば、もっと深いところまで楽しんでほしい。

 そう思うのはよくないことだろうか。


「マキ兄は考えすぎ」


「うっ」


 美雪ちゃんに一蹴されてしまった。


「大学のときのを引きずってるのはわかるけど、いまマキ兄のやることは黒木さんのお手伝いでしょ?」


「…………」


 まあ、それもそうだな。


「でも、スキルを取るときは一言だけ相談してくださいね」


「わかった、わかった」


 と、美雪ちゃんがカウンターの裏から一枚の紙を差し出した。


「ちなみに、これがうちのダンジョンで習得可能なスキルの一覧です」


「スキルってダンジョンによって違うの?」


「はい。属性っていうのがあって、火のモンスターが多いダンジョンでは火系のスキルを多く習得できます」


 主任がおれを見た。


「あー。だからプロは世界中のダンジョンを回るんです。ここは闇属性モンスターが多いので、闇魔法とか探索系のスキルが多いですね」


「あ、わたしこれがいいわ」


 突然、主任が言った。


 闇属性スキル『バニッシュ』。


「ダメです」


「なんでよ!」


「でもダメです」


 というか、まず主任は習得できない。

 おれが説明しようとすると、美雪ちゃんが代弁してくれた。


「黒木さん。これは上位スキルだから、まず下位スキルを覚えないと」


「……面倒ねえ」


 そういうものだからしょうがない。

 ……というか、これに興味を持ってしまったのか。


 うまく諦めさせる方法を考えないとなあ。


 と、美雪ちゃんが声を上げた。


「あ、そうだ」


「どうしたの?」


「黒木さんがレベル5になったら、お願いしようとしてたことがあったの」


 そう言って、彼女はクエスト申請用紙を差し出した。

 それにはすでにクエストが記入されている。


 へえ、これは……。


「今度、うちの裏クエストを受けてみませんか?」

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