2-5.怒りますよ。えぇ、上司でもです


「だから、おれが先に入るって約束したでしょう!」


 主任はうなだれていた。


「ご、ごめん」


 さすがに命の危機に遭遇したばかりでは大人しいものだ。


「ブラッド・ウルフは自分の身体から血の臭いを出して、獲物が油断して近づいたところを襲うモンスターなんです。どうして下調べもしていないんですか」


「き、昨日は残業で、その……」


「残業で?」


「つ、疲れてて……」


 ひとが会社でそう言ったときは容赦なく糾弾するくせに……。


「……ごめんなさい」


 でも主任の様子を見ていると、それ以上は責めることはできなくなってしまった。

 それに、彼女がいつも遅くまで仕事をしているのはおれも知っている。


「……次は気をつけてください」


「うん」


「ていうか、怪我してるじゃないですか」


「え? ……あぁ!?」


 ブラウスの袖が切り裂かれて、微かに血がにじんでいる。


「だからジャージに着替えたほうがいいって言ってるのに……」


「で、でも……」


「まあ、これはあとにしましょう。いまは怪我を治すのが先です」


 おれは手をかざした。


 治癒スキル『ヒール』。


 淡い光とともに、傷がふさがっていった。


「……あんた、なんでもできるのね」


「まあ、ソロ専は他に頼れませんからね」


「どうしてパーティを組まないの?」


「…………」


 おれは少し悩んだ。

 でも、まあ、彼女に言うことでもない。


「おれ、友だち少ないんで」


「そ、そう」


 主任もそれ以上は追及しなかった。


「それより追いますよ。もしかしてビビっちゃいました?」


「そ、そんなわけないでしょ!」


 ふうん。やっぱり肝は座ってるな。


「じゃあ、とりあえず脱いでください」


 主任の顔が固まった。

 それがみるみる赤くなっていく。


「あ、あああ、あんた! ひとがせっかく見直したのに、そんなことを……!」


「はい?」


「やっぱりネットに書いてたとおりね。回復してやったから言うこと聞けっていうつもりなんでしょ!」


「あ、いや、そういう意味じゃなくて! 人間の血の臭いに敏感なやつもいるんで、できるだけ着替えたほうがいいって言ってるんですよ!」


「え、あ、そうなの?」


 勘違いに、さらに顔を赤らめる。


 ……き、気まずい。

 というかこのひと、こんなデマ情報なら調べてくるんだな。


「でも着替えなんてないし……」


「お、おれのシャツ貸しますんで、それで我慢してください」


「わ、わかった」


 おれはシャツを脱ぐと、それを渡した。

 うしろを向いていると、かさかさと衣擦れの音がする。


 うーん。心臓に悪いな。


「……いいわよ」


 振り返ると、主任は袖をまくっていた。

 やっぱり主任にはおれのシャツは大きすぎたらしい。


「じゃあ、行きましょうか」

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