主任、換金するまでがハントですよ

2-1.また面倒なこと言い出したぞ


 仕事に飽きた。

 当然だ。毎日こうでは参ってしまう。


 おれは外回りの途中で、取引先の近くにある公園に立ち寄った。

 いい感じにぽかぽかした陽気だし、少し休んでいこうか。


 ベンチに座って、携帯でネットサーフィン。

 調べるのはもちろんモンスターハントのことだ。


 専用アプリに、本日のレアモンスター発見情報が載っている。


 うーん。


 日本だとやっぱりレアモンスターの発見報告なんてないよなあ。

 そもそも、モンスターハントやってる人口が少ないし。


 ……イタリアで『ロック・ドラゴン』の発見かあ。

 プロハンター二名の連名で討伐クエスト募集開始。


 いいなあ。行きたいなあ。

 でも、そんな金ないし。

 そもそも会社、休めないか。


 それに、行ってもおれの装備じゃ無理だな。

 ソロだとさすがに大型モンスターは自殺行為だ。

 あんな片手剣じゃ、一発で折れちゃうよ。


 そういえば武器も新調したいなあ。


 お、HOUNDの新作情報もアップされてる。


 HOUNDは海外のハンター用品メーカーだ。

 世界シェアナンバー1で、プロたちも御用達である。


 あ、これ主任の大剣じゃん。

 うわあ、やっぱ高っけー。


 こんなもの取り寄せるとか、主任って金持ちなんだなあ。

 中間管理職って、そんなに違うのかなあ。


 なんか休憩してたはずなのに疲れたな。

 そろそろ戻るかあ。


 ちなみにモンスターハントは世界的なスポーツだけど、生憎と日本ではそれほど流行っていない。

 その理由はふたつある。


 ひとつは、その初期費用だ。

 ハンターはとにかく金がかかる。

 なんといっても命がかかっているから、装備は最初からすべてそろえるのだ。

 そして最低限のものでも、おれの給料の一か月ぶんが飛ぶ。

 講習などを合わせれば結婚指輪レベルだ。


 そんなわけで「ちょっと学校の部活で」とはいかない。

 そうなると、あまり日本人には浸透しない。


 もちろんリターンも大きいのだが、そうなるまでが長い。

 新興のスポーツだからインストラクターも足りていないしね。

 東京ではダンジョン経営者の川島夫妻くらいか。


 そして、もうひとつの理由は……。


「おい、おまえ!」


 オフィスに戻ると、隣の席の同僚が慌てて言った。


「さっき主任がえらい剣幕で探してたぞ! ピッチ鳴らしたのに、なんで出ないんだよ!」


「え、ほんと?」


 あ、ほんとだ。気づかなかったな。

 と、向こうのデスクからお声がかかった。


「牧野!」


「は、はい!」


 慌てて黒木主任のところへ行った。


「な、なんでしょうか」


「…………」


 じろり。


 ひええ。

 なにかあったのかな。

 いや、今日はこれといったミスはないはずだけど。


「ちょっと来なさい」


 そう言って立ち上がった。


「え、あ、はい」


 彼女が場所を移すなんて珍しい。

 ここでは言えないような大きなトラブルなのか。


 振り返ると、同僚たちが「ナンマンダー」とか言いながら手を合わせている。


 やめてくれ、縁起でもない!


「ここでいいわね」


 使われていない小会議室に入ると、彼女は椅子に座って足を組んだ。


「あ、あの、なにか?」


「…………」


 主任はゆっくりと髪をかき上げた。


「これを見なさい」


 差し出されたのは、彼女の携帯だ。

 その画面には、ある動物が映されていた。


 ――ブラッド・ウルフ。


 ダンジョンの上層部に生息する狼型の初級モンスターだ。


「…………」


 おれは呆然とそれを見つめた。

 心なしか、主任は興奮したように頬を染めている。


 あー。はいはい。わかりました。

 おれは次の彼女の言葉が手に取るようにわかった。


「今日、これを狩るわよ!」


 ほーら思った通り。


「どうして?」


「昨日、日本のダンジョンにいるモンスターの一覧を見てたの。そしたら、こんなものがいるじゃない。そう、こういう狂暴そうなのを倒してこそハンターって感じよね」


「……ていうか、そんなことのためにひとを呼び出したんですか? 仕事中に?」


 ぎくっと強張る。


「だ、だって、会社のメールを使うわけにはいかないでしょう」


 いや、普通に携帯に連絡すればいいでしょうが。


「あのですねえ。一応、おれたちがいっしょにハントしているのは秘密なんですから。仕事も止まっちゃうし、こんなことされると困るんです」


「そ、そんなに怒ることないじゃない」


 珍しく主任のほうがたじろいでしまっている。

 このひと、モンスターハントになると周りが見えなくなるからなあ。


 でも、ブラッド・ウルフか……。


「あんまりオススメしませんけど」


「なによ。わたしは倒せないとでも言いたいの?」


 いや、まあ、それは大丈夫なんだけど。


「……まあ、いいですよ」


 すると彼女はパッと顔を輝かせた。


「よーし。じゃあ、さっさと残りの仕事片付けちゃうわよ!」


「はいはい」


 会議室を出るときに、ふと彼女を振り返る。


「あ、主任。ひとつ、いいですか?」


「なに?」


 おれは念を押すように、彼女に言った。


「ぜったい、最後までやってくださいね」


「……なにを?」


 あぁ、やっぱりわかってなさそうだなあ。


 小首をかしげる彼女に、おれはそう思うのだった。


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