1-2.おれと上司のカンケイ


「まだかなあ」


 おれは女子更衣室の前でぼんやりしていた。

 ひとの残業は怒るくせに、自分の着替えには時間をかけてもいいらしい。


 こっちはすでに着替え終わっている。

 とはいっても、上着を脱いで胸当てを装着。

 肘と膝にそれぞれプロテクターをつけているだけ。

 そして腰にはハーフブレードという片手剣を吊っていた。


 一般的にライトブレーダーと呼ばれる身軽な前衛剣士。

 これがおれのスタイルである。


 そして主任は……。


「お待たせ」


「あ、終わりま、し、た、か……」


 彼女の背負っているものを見て、おれは絶句した。


 防御装備こそ、おれとさほど変わらないものだ。

 会社のブラウス姿に、女性用の胸当てとプロテクター。


 しかしその背に輝くぴかぴかの大剣。

 ペガサスの翼をイメージしたという、流麗なフォルムとデザイン。


「それHOUNDの最新モデルじゃないですか!」


「そうよ。びっくりした?」


「びっくりしましたよ! こんなもの取り寄せてたんですか」


「まあね」


「え、あの、いくらすか?」


 すると主任は、にんまりと笑った。


 ごにょごにょ。


「うわ、マジっすか。いいなあ、いいなあ!」


「いいでしょ、いいでしょ。ほら、はやくこれの切れ味を試しに行くわよ」


 通路の奥にある『転移の間』に入った。

 すでに美雪ちゃんがその準備を進めている。


 部屋の中心に、青い光が渦巻いている。

 これが異世界ダンジョンへの転移装置だ。


「あ、もう装備の解除できるよ」


 美雪ちゃんの脇に、駅の改札機のようなものがあった。

 おれたちはそれに、それぞれの武器にはめ込まれた青い石をかざす。


『認証確認。ロックを解除します』


 すると武器の封印が解かれて鞘から抜けるという仕組みだ。


「じゃあ、お先にー」


 黒木主任はさっさと青い粒子に足を踏み込んだ。

 途端、彼女の身体が光の奔流に飲み込まれて消えていった。


「あ、待ってくださいよ」


 慌ててそのあとを追った。


「いってらっしゃーい」


 美雪ちゃんに手を振り返して、おれは光の渦を抜けた。


 そして降り立ったのは、薄暗い洞窟。

 このかび臭さと、本物の土の感触。


 おれは、異世界のダンジョンに降り立った。


 先に降りていた黒木主任が、ぎゅっと髪をひとつに縛る。

 大剣を抜くと、気合を入れるように声を上げた。


「さあ、今日も狩って狩って狩りまくるわよ!」


 狩って狩って狩って、ねえ。

 まるで子どものようにはしゃぐ彼女に、おれは肩をすくめるのだった。

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