第46話 『水歩』
海といえば水着、水泳、ビーチバレーに釣りと遊びのイメージを受ける場である。しかも海水浴場となれば尚更。
砂浜にいる人々はそれぞれの遊び方で海を満喫していて、正しい過ごし方をしていると言えよう。
「これより、第一回水上戦闘訓練を行う!」
しかしそんな海水浴場、その端っこに、アインの真面目な声が響いた。
澄人たちが世話になっている旅館、『温もる宿 新川』から歩いて五分程の場所にある砂浜だ。なるべく人のいないところをチョイスしていて、すぐそこにはテトラポッドが見える。
そう、決して澄人たちはここへ遊びに来たわけではない。依頼できたのだから、それなりの準備はしなくてはいけないわけで。
「澄人、澄人。どう? アタシの水着。似合うかな」
「あ? ……あー、似合うんじゃないの? 白雪っぽいと思うよ」
しかし第六班に漂うのは完全にお遊びムードである。
……こうして素直に言葉をぶつけることができるのが、白雪と天音の違いだろうか。澄人の視界の隅で、天音が渋い顔をしているのが見て取れる。ちなみに白雪は白の無地のシンプルな水着だ。
まぁともあれ、
「……貴様ら、ここには遊びに来たわけではないんだぞ!」
そんなお遊びムードの第六班をお堅いアインが放っておくわけがなく。眉間に深くシワを寄せながら怒鳴り声をあげたのだが、
「いやいやいやいや。お前が一番お遊びムードだろ!?」
即座に唾を飛ばしながらツッコミを入れてしまう澄人。
いやそれも仕方がない。今のアインといえば『アサリのバター炒め』とかいうよくわからない文字列が印刷された白いTシャツに、これといって特徴のない無地の灰色の水着。それから浮き輪とシュノーケルに足ヒレといったフル装備である。
「……流石に足ヒレは行き過ぎだったか?」
「いやそういう問題じゃねえ」
「……仕方ないんスよ。アインセンパイ、金槌なんで」
冬香の額を抑えながらの言葉に、納得しつつも思わず溜息を漏らす澄人。
……知りたくなかった、そんな事実。
澄人の中では────いや、少なくとも第六班の中では、なまじなんでも出来るイメージがあっただけに。なんと言うべきか……可愛げがある、と言えば聞こえはいいか。
壊れゆくアインのイメージはとりあえず置いておいて。そう、訓練だ。
水上での戦闘は地上とはまったく勝手が違う。前持った準備は必要だし、第六班は全員水上での戦闘訓練の経験がないと来た。
……教育期間中にも何度か水上訓練があったはずなのに、てんで素人なのはまぁそれはそれ。この際気にしないようにしよう、と完全に諦めきってしまったアインである。
「……貴様らが素人ということで、基礎中の基礎を確認するぞ。コレができなければ水上でまともに戦うことすらできないからな」
言いながら、海辺へ駆けていくアイン。真面目なトーンで言葉を発しているのにも関わらず、装備品のせいでなんとも言えない見かけになっているのもこの際置いておこう。
足ヒレを外して裸足で波打ち際へと足を進め、今海水に足が沈みそうになった────瞬間である。
「……おお?」
思わず間抜けな声を上げる澄人と、何故か自分のことのようにドヤ顔を浮かべるスクール水着の冬香。
間抜けな声を上げるのも仕方がない。海水の上にアインは浮いているのだ。立っている、といっても過言ではない。
「……立ってる、水面に。すげえ」
「初見みたいな反応しないでください、澄人くん。私たち教育期間中にも一度見てますよ、これ」
横からの冷たい視線に冷や汗をかく澄人。何やら天音の逆方向からも冷たい視線が突き刺さる。
その視線の主、白雪までも『やれやれ』と言いたげな仕草だが、おそらくつい最近訓練期間を終えたから覚えているだけで、時間が経っていれば忘れていただろう。記憶力が危うい。
「……とまあ、貴様らにはこれを覚えてもらう。これはさっきも言った通り、基礎中の基礎だ。一日もあれば習得できるだろう」
「いちにち」
「なんだ化音 澄人。無理だとでも?」
「おい誰がいつ無理だっつった。やってやろうじゃねぇかこの野郎!!」
これぞまさしく売り言葉に買い言葉。
この数日で完璧に澄人の性格を理解したアインによって、半ば無理やりに訓練は開始した。
「先ほどの技術は『
「簡単に言ってくれる……」
何処から取り出したのか、なかなかの大きさのタブレット機器にイラストまで描きながらアインが言い、小さく澄人が悪態を吐くという何度も見た光景だ。
ちなみにアインのイラストはなかなかに上手くわかりやすい。何やら白雪が感心したように溜息を吐いたのが澄人にも聞き取れた。
「感覚としては足の裏から魔力を放出するのではなく、薄く幕を張り、魔力を『履く』形だな」
「魔力を、履く……」
イマイチピンとこない第六班一同。天音までもが首を傾げ、自分の足と睨めっこを始めてしまった。
始めてしまった、のだが、
「わかった。ナ○トで同じようなのを見た」
真っ先に白雪が頷いて、海に向かって駆け出す。
意外にも澄人の所有物の少年コミックスは白雪の役に立っていたのか……いや、こればっかりは白雪の天才肌が要因だろう。
「できたー!!」
その天才肌もなかなかのもので、一発目から大成功。白雪の足の裏は淡く白く発光し、しっかりと海の上に立ち、澄人に大きく両手を振っている。
「……できたけど結構気持ち悪いね、これ。常に地面が揺れてる感じ」
「そうだな。今回は海なんで、この波の感覚に慣れてもらわなければいけないだろう。宮咲はこのまま今日はそこに立つなり歩くなりして、感覚になれること」
「はぁい、せんせー」
教えることはもうない、とばかりに白雪から視線を外すアイン。
さて、一抜けはやはりというべきか第六班きっての天才宮咲 白雪だった。
基本トライアンドエラーがスタイルの天音と澄人はここからが本領だろう────
◇◆◇
……なんて、思ったのだが。
「うげっ」
落ちる。
「ごぶっ」
落ちる、落ちる、落ちる。
かれこれ水歩の特訓が始まってから1時間ほどが経過しただろうか。ここまで二十数度の無残に海に飛び込む音と断末魔が響き、澄人はすっかり濡れ鼠になってしまっていた。
体のあちこちに砂を纏わせながら、砂浜に寝転ぶ澄人。
「……そうだった。俺、『魔力』の操作死ぬほど苦手じゃん」
そう。訓練期間の時から、澄人は魔力の操作が致命的に苦手だったのだ。
訓練期間卒業における必要技術である『
挙句、日常生活では魔力を一切使わず、戦闘においても妖力を使う『
本来魔力とは産まれながら人間に備わっているものであり、言ってしまえば操作できて当たり前の代物。身体の一部といっても過言ではない。
人間はそれを操り、小さな頃から魔術を会得。そして、それもまた身体の一部のように使いこなすのが当たり前だ。訓練期間卒業の課題、『変幻』もまた普通の人間にとっては簡単にこなせるものだっただろう。
────しかし、澄人は違う。違うのだ。
産まれながらに妖力というものを持て余し、誰にもその操作法を教わることなく。
そして小さな頃には学校にすら通うことなく……その基礎を、教えてくれる人は居やしなかった。
『今忙しい。後にしてくれ』『学校? そんなもの必要ないだろう。お前はもう充分すぎるほどに知識を得ている』
等の父親でさえも、一切。
澄人の『変化』や『妖力』の操作は全て独学で、手探りの末にようやく手に入れたもの。ただただ、自分の父親に認めてもらうために。
「……あー、嫌なことを思い出したな」
なんてため息混じりに漏らしながら、上半身を起こす澄人。
今回もまた『魔力』を上手く使えなかった。ほんの少し悔しいところだが、また妖力を代用すれば済む話だろう。
「ってなわけで、いくぜー!」
意気込んで、呼吸を整え、海に向かって駆け出す澄人。
先ほどの要領で足の周りに妖力の幕を張り、飛んで。
もうすっかり慣れたはずの妖力の感覚。何度も何度も味わい、それこそ身体の一部といっても良いほどに馴染んだもののはずなのに。
何故か背中に寒気が走り、軽い吐き気を催した。
祓魔師は人妖の間にて揺れる。 悠夕 @YH_0417
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