第45話 『一本の、』

「まさかこんな立派な旅館使わせてもらえるとはなぁ」

 あくまでも依頼。あくまでも見習い。正直、かなりボロい旅館に通されても仕方ないとまで思っていた。

 しかし迎えに来た着物の女性────今回お世話になる旅館の女将らしいその人に連れられたどり着いた旅館はまぁ立派なもので。

 部屋の広さは上々。男部屋と女部屋で分けられ、澄人とアインが2人同じの部屋、残りの女性陣が同じ部屋に詰め込まれた形だが、この様子だと女性陣も広々と部屋を使えているだろう。

 ……そう、広い。言うなればアインと澄人だけでは持て余すほどに、めちゃくちゃ広いのだ。

 しかも部屋にはそれなりの大きさの露天風呂まで備え付けられている。

 アインなんてあまり落ち着けずに、部屋の隅っこを陣取って腰を下ろしてるほどだ。


「……こんな旅館、オレたちが使ってもいいんだろうか」

「いいんじゃねえの? 少なからず、大歓迎ムードってことで……約一名はそんなことなさそうだったけど」


 言いながら思い返すのは女将さんについて来ていた少年だった。

 無言で澄人を見つめる鋭い視線。殺意が込められてる、とまで言ってもいいほどに。

 しかしアインはソレに気づいていないようで、首をかしげるだけだ。


「しかし、例のブツ、、、、はそろそろ届く頃だと思ったんだが。どうなっているんだろうな?」


 小首を傾げたついでに疑問を投げるアイン。

 そう、例のブツ。結果的に澄人たちは海坊主の退治以外に、もうひとつ依頼を押し付けられてしまったのだ。


 それが、とあるブツの運搬依頼。その運搬物の中身は、澄人たちは知らされていない。


 というか、聞く暇がなかったというのが正しいか。何せ北海道へ出発する直前に電話で言われたわけだし。


「失礼します」


 噂をすればなんとやら。襖が控えめに開き、女将の声が部屋に響く。

 どうぞ、なんて澄人が返してやると襖が開き、現れたのは女将の姿。それからついでに竹刀袋と、雁字搦めに拘束がかけられた布の塊。どちらも大きさはバットより少し大きいくらい────竹刀ほど、というのがわかりやすいだろうか。


「貴方達に渡すように、と。運搬依頼も受けてるんですって? 大変ねえ」

「ああいや、そんなことないですよ。これ持って帰るだけなんで」


 言いながら女将から依頼物を受け取る澄人。両手に抱えるように受け取ったのだが、ずしり、とかなりの重さが返ってきた。

 軽く唸り声をあげながら、部屋の中央にソレを下ろしてやる。


「……結構重かったぞ。何が入ってんだろうな、これ」

「いや、なに自然な流れで中身を確認しようとしてるんだ貴様」


 竹刀袋に手をかける澄人の肩を、アインがひっ掴みながらため息を吐いた。

 しかしそんなことを言いながらもアインの視線は竹刀袋に釘付けで、その言葉から説得力なんてものはかけらも見受けられない。


「つったってよー、俺たちだって中身を見る権利はあるはずだぜ? 中身が何なのかわからないと運搬方もわからねえし。どう扱っていいのかもわからんし」

「それもそうだが……」


 否定までしきれなくなってきた。

 とうとう竹刀袋の封が開き、途端、


「────、────ッ」


 溢れ出た膨大な妖力に、息を呑んだ。

 呼吸まで忘れてしまうような高密度な妖力。大量に吸えば身体に毒だと、本能が理解しているのだ。

 駆け出し、咄嗟に窓を開くアイン。外の空気が部屋に舞い込み、ここに来てようやく言葉を発することができた。


「なんなんだ、今の……!?」

「……妖力だ。この竹刀袋に籠ってたっぽい」


 恐る恐る、竹刀袋の中を覗く。

 鼻孔をくすぐる妖力の残り香と、ほんの少しの埃の匂い。そして、


「……なんだ、これ」


 そこに入っていたのは、一本の古びた日本刀だった。


 ◇◆◇


「おいおいおい、なんだよあれ先生!」

 スマートフォンを耳に当てながら怒鳴る澄人。場所は珠都の砂浜で、海パンにパーカーといった格好だ。

 周りにはちらほらと通行人がいるのだが、この際それは気にしていられない。電話の向こう側からは通話相手の真岸教諭がため息を吐くのが聞こえて来て、澄人の眉間にシワが寄った。


『なんだ。見ちまったのか、あの中身?』

「なんも知らされてなかったからな。なんだよあの日本刀……しかもあの妖力。濃すぎて色が付いてたぞ、色が!」


 あれから時間は2時間ほど経過しただろうか。

 ……今でも澄人の瞼の裏にはあの光景がこびり付いている。竹刀袋から溢れ出す、紫色のナニカ。アレは紛れもなく妖力だった。

 この抱く感情は恐怖だろうか。あの尋常なほどの妖力に、澄人は恐怖している。

 澄人の焦ったような声にも、真岸教諭が返すのはため息だけ。

 しかし今度は『そこまで見られちゃ仕方ないか』なんて前置きをして、ゆっくりと、その硬い口を開く。


『アレはな、アーティファクトだ』

「アーティ、ファクト……?」

『そう。聖遺物、とか言った方がわかりやすいか? 遠い昔────神話や昔話と言っても良いほどの昔に使われた武器たちだ』


 聖遺物アーティファクト。聞き覚えのない単語に澄人は小首を傾げ、自分の記憶の引き出しを突散らかす。

 が、祓魔師育成学校の教育期間中にもそんな単語は聞いたことすらない。尋常じゃないものだということだけは理解できたのだが。


手前テメェが見たのは妖刀村正────この名前は聞いたことあんだろ』

「使った人間の命を喰い殺すだとか、色んな逸話がある妖刀だろ……? 実在したのか。架空の話だとばかり」


 いや、でも妖怪が存在する世界だ。そういうものが存在した所で不思議ではない。


『その聖遺物を呼び起こし、使い物にできるんじゃねーかって育成学校ウチらが実験してんのよ。それで、今回ソレらを提供してもらえることになったってワケ』

「いやそんな重要なもん俺らに任せて良いのかよ!?」

『とりあえずちゃんと持って帰って来いよ。開封しちまったんならその妖力に反応して、ソレを奪い取りに来る連中とか居てもおかしくないからな』

「はぁ!? 何言って……」


 何やら物騒なことを言いながら、一方的に電話を切りやがった。

 取り残された澄人は長い長いため息を吐きながら、頭を乱暴に掻き毟るしかない。

 海坊主の撃退と、ちょっとした慰安旅行。それだけで今回の依頼は終わるはずだったんだが、どうやらこの先一波乱ありそうだ。


「澄人くん」


 砂浜の喧騒に混じり、聞き慣れた澄人を呼ぶ声がした。

 振り返ってやるとそこには天音が浮き輪を腰に携えて、澄人の元へ駆け寄ってくるのが見える。


「アインさんが『あのバカを呼んでこい』と」

「あー……わり、時間かかっちまった。今行く」


 忌々しげに最後に頭を掻き毟るとスマートフォンを睨み付け、ポケットの中に押し込んで。手だけで軽く謝罪をすると、天音の側を通り過ぎようと……


「ちょっと」


 したところでそのパーカーの裾を強く引っ掴まれた。


「……え、何。俺なんかしたか?」

「……はぁ。いえ、むしろ何もしてないから怒ってるんです」


 言われて、思わず首をかしげる澄人。

 何も心当たりがない澄人にすら天音は一切の容赦がない。むしろ、心当たりがないからこそ強く当たってるまである。

 とうとう痺れを切らしたか、自分の身体を指さす天音。ソレに引かれるように天音の身体に視線を落とせば、真っ黒い水着が目に入った。

 黒いビキニに、半透明の白のパレオ。天音らしい色を取り込みつつ、それなりに涼しげな印象を受けるようなチョイスだ。澄人は気づいていないが、いつものサイドテールにはハイビスカスの花飾りが覗いていた。


「……水着? よく似合ってると思うけど」


 それがどうかしたか? なんてこぼしながら、悩ましげに口元へと指を添えた。

 ……なんともまあ、鈍感なことか。しかし天音とて、それを理解していないわけはなく。


「仕方ないですね。それで許してあげましょう」


 未だ何を求められていたのか気づいていない澄人を他所に、天音は笑みを漏らすとその身を翻し、来た方向へと駆けて行ってしまう。


「……ええ、なんだったんだよ今の」


 取り残され困惑を露わにした澄人に、その行動の意味オトメゴコロがわかるのは、いつになるのか。澄人の恋路のゴールはまだ遠い。

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