第44話 『スッキリしない』

 窓の外の景色が、すごいスピードで過ぎ去っていく。

 そんな景色を何やらぼぅ、と眺めるアインの後ろで、

「はいウノー!」

「はぁ!? 意味わからねぇ!!」

 ……他の客を気にすることない、第六班の間抜けな、大きな声が響いた。

 他の客、というのも今アインたちが揺られているのは新幹線。

 夏休みの新幹線だ。そりゃあ、流石にアイン一行の貸切という贅沢ができるわけはない。いくら学校側が出していた依頼とはいえ。


「にしてもアインセンパイ、よくこんな依頼ゲットできましたッスよねー。こんなのほぼ遊びにいくようなものッスよ」


 改めて、アインの正面を陣取った冬香が依頼の書かれた用紙を眺めつつ、ほぇー、なんて間抜けな声を上げた。

 依頼の内容は北海道への遠征。しかし仮にも依頼、遊びに行くわけではない。

 何やら海底火山の異常なまでもの活動により、北海道の海は熱帯と化してしまったらしく。その異常気象のせいか、北海道に住んでいた海坊主が暴走を始めてしまったのだ。

 依頼の根底は、その海坊主の討伐ないし撃退。どうにかしてくれればいい、なんてアバウトな書かれ方をしている。

 北海道としては漁も上手くいかない、海坊主のせいで海も大荒れと踏んだり蹴ったりのようで。どちらか片方だけでも解決しよう、という魂胆だったらしい。

 といっても流石北海道と言うべきか。その熱帯化を利用して、今や海水浴場として売り出していて、その依頼期間中海を使い放題、おまけに宿代も向こうが出してくれるときた。


「確かに思い返せば思い返す程、遊びに行くようなものだが……保健室の藍那あいな先生、だったか。あのひとが教えてくれてな」


 さっき面白い依頼見つけたよー、なんていう廊下ですれ違った藍那のひとことが今回の発端だ。もっとも、その依頼を発見した澄人は藍那の発言を聞いていなかったようだが。なんという馬鹿。

 そんな依頼を持ち帰ってから、かれこれ三日。様々な準備期間を経て今に至る。


 ……まさか第六班この連中とこうやって仲良く出かけるとは思わなかった、なんて。アインは小さくため息を吐く。


 このため息は呆れを含んだものか、はたまた喜びのものなのか。それはアイン本人しかわからない。


「意味わかんねーーーー何でお前そんな、なんでおまえ、」

「ふははははは、いいかい澄人。初手がたくさんある人が勝つ、の原理だよ!」

「仕方ありません澄人くん。こればっかりは大量に妨害札を利用して動きすぎた澄人くんのせいです……」

「貴様ら少しは静かにできんのか……」


 ……この騒がしさには、いまだに慣れることはないのだが。


 ◇◆◇


 北海道────人妖特区第一番、《珠都》に着いたのは昼を過ぎた頃だった。

 約五時間前後の移動だ。

 夏と言えども北海道。楓町より涼しいことを期待して新幹線から出たものだが、そんなことはなく。新幹線から出た途端、思わず項垂れたりそうでなかったり。

 駅から出ると、真っ先に見えたのは海。数キロ先まで様々な店が連なる大通りがまっすぐと続いていて、その先に広々と海が広がっているのが見えた。

 それから、流石人妖特区と言ったところか。普通の人間に混じり、見慣れた妖怪がちらほらと見て取れる。


「ほー、流石観光地。楓町より賑わってんな」


 楓町とは違い、妖怪に比べて圧倒的に人間の比率が多いのが大きな違いだろうか。

 そのほとんどがおそらく観光客。とは言えど、あちこちの店から呼び込みの声が飛び交い、お祭りのような賑わいを見せていた。


「……それで、待ち合わせはこの辺のはずなんだけど」

「そうですね。東口を出たところで待ち合わせのはずですが」


 言いながら、辺りを見回す天音と澄人。

 駅まで旅館の人が迎えに来てくれる手はずになっているはずなのだが……、


「……あれじゃない?」


 辺りを見回すこと数秒。何やら発見したらしい白雪が指さす先には、こちらに手を振る二人の人影。


「あ、第二支部のみなさーん!」


 白雪の予測は正しかったらしく、影の片割れ────着物を身に纏った女性が声を上げて駆け寄ってくる。

 からん、ころん、と陽気な音を立てて駆けてくる女性に遅れてついてくるもう片割れは、澄人の五つほど年下と思われる男の子だ。


「すみません、こちらの事情で長旅させちゃって……」

「いえ、仕方がない話です。この非常事態ですからね……市民が我慢しているのに、自分たちだけが贅沢をするわけにはいきませんから」


 軽く息を切らしながら頭を下げてくる着物の女性に応答した声はアインのもの。

 こちらの事情、というのは飛行機のことだろう。

 わざわざ澄人たちが飛行機を使わず、新幹線でここまで来たのにも理由はある。

 ……理由はある、のだが。


「……なんで飛行機使えないんだったっけ?」


 依頼やらの段取りをアインがしている後ろで、澄人は小声で天音に問いかける。そんな声に天音がどんな顔をしたのか、なんて言うまでもないだろう。


「……ちゃんと話聞いてたんですか、澄人くん。今ここ、珠都には様々な航空機が調査のために飛び交っています。そのため航空機関は大方私たちのような見習いではなく、本場の祓魔師のひとたちしか使えない状態なんですよ」

「さいでした」


 今では一般人ですら飛行機を使えない状態だ。それでいてもここまでの人数集まるんだから、珠都も商売上手というか。

 ちなみにここへと派遣されて来ている祓魔師の仕事は澄人たちのように海坊主の対処を任されているのではなく、だいたいが海底火山の調査に呼ばれているんだとか。それならプロの方々の手助けは望めないな、なんてアインが肩をすくめていたのは記憶に新しい。

 そうだったそうだった、と澄人は頷き、白雪と天音はため息を吐き出す。いつもの光景が広がる中。ふとした違和感に澄人は視線をあげて、


「……どうかしたか?」


 小さく、問いを投げかける。

 澄人の視線の先にいるのは、着物の女性の連れ。何やら不機嫌な表情を浮かべた少年だった。

 少年は着物の女性の陰に隠れるように、澄人たちを見つめて────いや、睨みつけている。

 その視線には殺意とも、怒りとも、怨みとも取れる色が乗せられていた。

 しかしそんな少年の視線は、澄人の問いかけを受けると、そっと逃げるように泳いでいく。


「さ、行きましょうか!」


 不信感と視線の解決は先延ばしに。

 北海道遠征の依頼は、何やらモヤモヤしたスタートになってしまったのだった。

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