第43話 『アフタヌーンガールズトーク 2nd』

「あつ、あつ、暑い……ひぇ……」

 悲鳴混じりに汗が階段へ滴り落ちる。

 額を拭うための両手には大量のアイスと食材が詰め込まれたビニールが握られていて、とても拭えるような状況じゃない。

 さらに自分の足で、階段で3階まで上がらなくてはならないのも痛いところだった。

 眉間にしわを寄せ、顔に暗い影を落とす宮咲 白雪は、大きくため息を吐く。

「……なんで今日に限ってエレベーターメンテナンス中なの……。あー、あそこで調子乗ってドローフォーなんか使うべきじゃなかったぁ」

 UNOで敗北し、見事にパシられてしまったのが白雪の現状であった。ついでに食材の買い足しもして、だなんて頼まれてしまうなんて。まぁ初手が良かった白雪が調子に乗ったのが敗因であり、自業自得しか言いようがないし誰も責められないのが更に悲しいところ。

 そんなこんなで愚痴を漏らしながら、すっかり住み慣れた部屋の前までたどり着く。

 大きく呼吸を繰り返してから、重い右手を上げて何とか玄関の扉を開いた。

 ただいまー、なんて言いながらわざと足音を立てながら廊下を進んでいき扉を開くと、楽しげに談笑している天音と冬香の姿が。

「……楽しそうに談笑中ですか。アタシを差し置いて」

「あそこで調子に乗ってドローフォーを私に喰らわせたのは白雪ちゃんですからね、突然の報いです」

「くっ……次は負けないから……」

 どささ、と音を立てて買い物袋を床に落とす白雪。同時に床に腰を下ろしてやると、天音が入れ替わりで買い物袋を手に取り、台所がある廊下へと出て行った。

「で、冬香ちゃんは何を話してたの?」

 エアコンの風にあたりながら、パタパタとTシャツの襟で風を送る白雪の問いかけ。途端冬香は涼しい部屋に似合わないほど顔を真っ赤に染めると、

「す、すす好きな人が誰かって話とか、ッスかね……」

「なんだ。なら知ってるからいいや」

 やっと飛び出した答えは一刀両断。つまらなそうに目を細める白雪に対して、冬香は目を見開き笑みを引きつらせている。

「な、なんでッスか。天音さんからも似たような反応されたんスよ。なんでッスか。ありえないッス。アンタたち心を読む力でも備わってるんスか!?」

「いやむしろ察するなって方が無理でしょ……不器用だなあ、冬香ちゃんは」

 とか言ってる白雪も、誰かさんに対する好意はわかりやすいモノなのだが。

 ハッ、と馬鹿にしたような笑みを浮かべたところで、天音も居間に帰還する。

「そうですね。心が読めなくとも、冬香ちゃんの表情……いや、表情どころか心までも読みやすい。利用しやすくて、可愛い子です」

「うわああああなんかいまゾクッとしたんスけど!?」

 天音が冬香に向けるのは真っ黒な笑み。一昔前の貴人なら暗黒微笑とでも例えただろうか。

 冬香は自分の体を両手で抱きしめながら後ずさり、壁に激突。そんな怯えた様子を他所に、天音は定位置に腰を下ろした。

「で、冬香ちゃん。結局あの後、アインさんとはどうなったんですか?」

「あの後……ああ、そういえばお話してないッスね」

 ここにきて、ようやく本題に入る。

 解散すると騒いでいた第三班の行方。あとは二人に任せよう、だなんて店に戻ってしまった二人は、何が起こったのか全く知らない。

 たったひとつわかることは、二人が何事もなく元どおりに話せるようになったことだけ。


「……結論から言うと、ウチ以外の班員は、別の班に移ったんスよ。けど、ウチはアインセンパイと一緒に第三班として活動できることになりました。そのために、書類やらやらも書きましたし」


 冬香は、どこか遠くを見つめている。

 喜んでいいのやら悪いのやら、なんて。なんとも言えないような表情だった。

「やっぱりアインセンパイは頑固で、自分が未熟だから〜なんて班を組みなおすことは認めてくんなかったんスけど、ウチだけならーって……最終的に粘り通すことで認めてもらえました」

「……そっか、よかった。アタシとしても、あのままアインくんを放っておくワケにもいかないし。なんかちょーっと、危なっかしかったしね」

 どちらにせよ澄人が放って置かなかったと思うけど、と。ここにいない彼に、白雪は思いを馳せる。

 あれから考える時間を与えてはいるものの、澄人は何かとアインを気にかけている。

 何処かへ連れ回したり、修行をつけてもらったり。

 ようやく周りを見る覚悟ができたのに、考え事ばかりしてるのは勿体無い、とは澄人の弁だ。

 アイン本人も嫌がることをしないから、とうとう澄人を止めるものは何もない、と言うのが現状である。

「……そっすね。よかった、ホントに。それでまたいつか、第三班みんなで活動できる日がくればな、って。あの班、みんな解り合えればめちゃくちゃ強いと思うんスよ!」

 遠くを見つめていた目は、いつの間にか現実を見据えていて。気づけば、満面の笑みを浮かべていた。

 きっとその日は遠くないと思う。アイン・ヴァームレスが前に進んで、しっかり周りに頼る覚悟ができて。元どおりになるその日は。

 彼にもちゃんと、前に進むという思いは、芽生えたと思うから。


 ◇◆◇


『解散なんて嫌っスよ!』

 何を言っても食い下がる。諦めを知らないその瞳は、すごくまっすぐで。

 見つめられると胸が痛くなる。自分を思うその声が耳に痛い。

 自分には不相応なはずなのに。もっとこの子には、相応しい子が居るはずなのに。


『ウチ、第三班に入れないなら学校やめます』

『はぁ!?』


 そこまで言われては、どうしようもない。彼女は優秀な人材だった。

 そんな人材が、それこそ自分アインなんかのひとことで人生を棒に振るうのは許せなかった……だから。


『……わかった、わかった。そこまで言うのなら、仕方ない』


 渋々頷いたアインの視界に映ったのは、冬香のしてやったり、と言いたげな表情だった。


「……全く。何がそこまで彼女をそうさせるんだか」

「あ? なんて?」


 アインの呟いた独り言に、澄人が間抜けな声で問いかける。

 場所は祓魔師育成学校極東第二支部、食堂の依頼板前だ。

 もはや日課と化したアインとの特訓を終えてから、澄人が「ついでに依頼見てこーぜ」と呑気な声で提案し今に至る。

 かったるそうに澄人は隣から覗き込むように視線をくれていて、それを鬱陶しげにアインは手のひらで払ってやった。

「何でもない、気にするな。……で、何か良い依頼でもあったのか?」

「おーそうそう、そうなのよ。これとか良いんじゃねーかなって思ったんだけど、どーよ!」

 意気揚々と依頼用紙をアインに突き出す澄人。そこに書かれていたのは、


「……………………マジか?」


 思わずアインも、苦笑してしまうようなモノだった。色々な意味で。

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