Bookworm Lady
第2話 仄暗さと眩しさの境界線上で
古いインクと紙の香りが漂う室内。部屋の中には、天井まである書棚が所狭しと規則正しく並んでおり、その中にはギッシリと書物が詰まっていた。
書物を太陽の日差しから守るためであろう。薄暗い部屋の中は、魔導ランプの光が申し訳程度に灯っていた。
書棚に囲まれた部屋の中央には机が並んでおり、そこにいる学徒たちは、ただ黙々と書を読み進める。
静寂が支配する室内。聞こえてくるのは羽ペンを動かしたり、本のページをめくる音。
時折、誰かが立てたインク壺のふたを開ける音が、鈍く広がり部屋に響いた。
そんな静謐さが漂う図書室の日常。
その変わらない空気が、少女には居心地が良かった。
(無知は罪、知識は力、叡智は身を護る砦)
読んでいた本をパタリと閉じて、少女は強く思う。
表紙の皮をなぞりながら、思い出すのは無知で無学な両親のこと。
記憶にある父は仕事ばかりで家庭を顧みず、母は社交に忙しく、子供たちを見ることはなかった。
否、どちらも、自分に都合のいい子供を見る余裕はあったが、残念ながら少女の存在は、どちらにとっても不都合が生じるものだった。
少女はエルフで、両親は人間である。
通常、人間同士からはエルフの子は生まれない。
それ故に、夫や世間は妻の不貞を疑い、妻は己の潔白を信じつつも、知らぬ間に何かが起こったのかと自身の記憶を危ぶんだ。
少女の存在がもとで、家庭内に不穏な風が吹き荒れ、目に見えて夫婦仲は悪くなる。
さて、少女には兄と姉がいる。
少女の兄姉にとって不幸は、両親が仲睦まじい姿を見て育っていたことだ。
少女が生まれてから始まった両親の不和。子供にとってみれば、原因は少女にあるとを感じ取っても仕方のないことだろう。
そして、自分たちとは大きく異なる華奢で優美な容貌。
得てして、子供というのは、自分とは違うということに敏感である。
兄姉たちは、少女を爪弾きにすることで、家庭内の隙間風から自身の精神の均衡を保っていたようだった。
近所の目はもとより、両親や兄姉からも冷遇された少女だったが、運よく神殿に逃げ込むことが出来たのは僥倖だった。
知識をつかさどる神の身許には、古今東西様々な書で溢れている。
そこから、頭の中に詰め込めるだけ詰め込めば、それは無形の財産で、知らぬということが、どれほど愚かな行為なのかを実感する。
少し調べればわかることだったのだ。
たとえ、人間同士だったとしても、過去にエルフの血が交われば、子孫にエルフが出自するのは自明の理であると。
知らぬがゆえに、忌避し、忌み嫌う。
考えることを放棄し、真実から目を背け、見えるものだけで短絡的に決めつける。
(馬鹿な人たち……けれど、大多数がそうだとしたら、バカなのは私の方かしら)
自分の受けた仕打ちは、『愚かだから』だけで済ませられる物ではないと憤る気持ちはある。
だが、それ以上に、『だから、仕方のないことだ』と諦めなければ、これから先、やっていけないのだろう。
過去に捕らわれるばかりでは、前に進めないということも、理解してしまったのは幸いなのか不幸なのか。
書物を棚に戻し、図書室から出ていく少女は、廊下の窓の外から差し込む強い日差しを受けて、軽く目を閉じる。
薄暗い室内と陽の光にあふれる庭。
自分はどちらに身を置くことが出来るのだろうと、益のないことをふと考えた。
明日、成人を迎える少女は、何事にもとらわれぬ旅人となる。
まだ見ぬ知識を、それを内包する未知なる文献を求めて、旅立つのだ。
交易都市の片隅で @3838
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