【2月刊試し読み】極道さんは今日もパパで愛妻家

角川ルビー文庫

第1話

 閑静な住宅街の一角に広大な土地を所有する東雲組は、その世界に身を置く者なら知らない者はいないほど名が売れた極道組織である。

 暴対法で他の組織が身を削る中、時代に沿ったやり方で金を稼ぎ、その勢いはとどまるところを知らない。特に二代目組長の東雲吾郎の息子である賢吾が若頭の地位に就いてからは、まさに破竹の勢いでその勢力を拡大している。

 元々はテキ屋を生業にしていた東雲組は、今でも地域の住民との関係が深い。薬物も銃器の密売もご法度である東雲組の睨みが効いているお蔭で、他の組からこの辺りが守られている一面もあり、周辺の住民達にとってはある意味警察よりも頼りになる存在となっていた。

 その東雲組を将来背負って立つと言われている賢吾は、女性達からも注目の的だ。

 二十九歳という年齢にそぐわぬ落ち着きと、恵まれた体格。何より女性達を魅了するのは、その端正な顔立ちだ。男らしさの中にある大人の色香は、目が合っただけで妊娠すると言われるほどで、明らかに素人とは違う近寄りがたいオーラを発しているのにも関わらず、女性はいつも賢吾に群がった。

 金を稼ぐことに長けた頭脳と大胆な行動力を持ち、非の打ちどころが見つからなさそうな賢吾だが、そんな男にも弱点というものは存在する。

 その弱点がとんでもない美人だということを、この辺りに住んでいて知らない者はいないだろう。

 弱点の名は雨宮佐知。賢吾の幼馴染で、地域にある雨宮医院の三代目である。

 少し癖のある色素の薄い髪に、常に潤んでいるかのように見える吸い込まれそうな瞳。目元のすぐそばにはほくろがあり、むしゃぶりつきたくなるような美人であるが、性別は男だ。

 男女問わず魅了する美貌であるのに、そのことに驚くほど無頓着な佐知がこれまで無事だったのは、ひとえに賢吾の努力に寄るものだ。

 小さな子供の頃から、佐知に群がる輩を一人残らず追い払ってきたのは賢吾だった。それは佐知に気づかれないように細心の注意を払って行われていたので、佐知はそのことを知らずに自分はモテないと思い込んだまま大人になった。

 賢吾が努力の末、幼い頃からの初恋を実らせ、二人が両想いになったのはごく最近のこと。賢吾の父、吾郎の隠し子である史を、賢吾が自分の息子として引き取ったことが切欠だった。その後紆余曲折あり結ばれた二人は今、史と共に東雲組で幸せに暮らしている。

 そう。幸せに――





「いい加減にしろよ? ご飯を食べる時は新聞を畳めって、何度も同じことを言わせるな」

「ああ、悪ぃ悪ぃ。気になってたニュースがあってな」

 座卓に朝食を並べながら佐知が睨みつけると、先に席について新聞に目を通していた賢吾がぱたんと新聞を畳む。

 賢吾は毎朝、経済紙を始めとしたたくさんの新聞に目を通す。今時のやくざは常にアンテナを張って様々な情報を精査して金を稼ぐもんだ、とは賢吾の弁だ。

 佐知は具体的に賢吾がどんな風に金を稼いでいるのかあまり詳しく知らないが、株や不動産の売買、高級クラブの運営などで、がっぽり儲けているらしい。

「食事の時はちゃんと食事に集中しろ。史が真似したらどうするんだ」

 ここは賢吾の屋敷で佐知は居候の身だ。できればあまり口うるさく言いたくはないが、ここには子供がいるのだ。ちゃんと手本になってもらわないと困る。

 モダンな雰囲気の現代的な日本家屋である賢吾の屋敷は、賢吾の両親である吾郎と京香が住む本宅と中庭を挟んで対になっているのだが、それぞれが独立した形を取っているので、もちろん食事も別だ。

 だが、本宅だけではなく賢吾の屋敷にも料理人はいるはずなのに、いつの間にか賢吾と史の食事の用意は佐知の仕事にされてしまっていた。ただで居候しているので文句を言えた義理ではないが、お蔭で朝は忙しく、佐知の機嫌はあまりよくない。

「はいはい。佐知の仰せの通りに」

 賢吾はそう言って肩を竦めて、それから隣の席でおとなしく朝食を待っている史に、「あいつ、最近口うるさくねえか?」とこそっと話しかけた。聞こえてるからな。

「ぱぱ、はいはいっかいだってさちがいってたよ?」

「早くもここまで佐知の魔の手が」

「何だ、賢吾は朝ご飯いらないのか。それならそうと早く言えよ」

 出したばかりの皿を下げようと手を伸ばすと、慌てた賢吾にがしりと手首を掴まれる。

「おい、冗談じゃねえぞ。お前、俺が毎日どれだけお前の手料理食うのを楽しみにしてるか、知ってるだろうが」

「知る訳ないだろ、そんなこと」

 大げさに言うな。しかも朝は忙しいから、今日の朝食はぶりの照り焼きに白ご飯と味噌汁、冷ややっこに漬物だ。手料理と胸を張って言えるほどのものでもない。

 居間は元々賢吾が一人で寛ぐために作った部屋で、屋敷の中でも一番広い。高級旅館の客室を思わせる贅沢な造りで、半分は畳、もう半分は洋間になっていて、それぞれ畳の間には座卓、洋間にはソファセットが置かれていたが、そこに先日賢吾がキッチンを設置した。調理場は居間から遠いので、佐知が行き来しないで済むようにという配慮らしいが、水回りの工事はかなり手間とお金がかかる。そこまでして佐知に料理を作らせたいのかと呆れた次第だ。

「いいか。そうでなくとも俺は、これまで十五年もお前の手料理をほとんど食えなくて損してんだぞ」

「おい、何だよその具体的な数字は」

「初めてお前が料理に挑戦したのは中二の時のインスタントラーメンだった。まともな料理を作ったのはカレーが最初だったな。水加減を間違えてしゃばしゃばにしちまってたって、安知さんから聞いたぞ。あの頃からずっとお前の手料理が食いたかったが、お前はほとんど俺に食わせてくれたことがなかったからな」

「…………」

 安知は佐知の父親だ。息子の恥をバラすなんてひどい。しかも相手はよりにもよって賢吾だ。

「どうした? 覚えててもらって感動して言葉もねえのか?」

「いや、控えめに言っても気持ち悪い」

 本人ですら忘れていたことを、よくもそんなに詳細に覚えているものだ。時々、賢吾は恋人ではなく、年季の入ったストーカーなんじゃないかと思うことがある。

「さち、きもちわるいの? おくすりもってくる?」

「史は優しいな。でも大丈夫、俺が気持ち悪いんじゃなくてパパが気持ち悪いだけだから」

「え? ぱぱきもちわるいの? だいじょうぶ?」

「心配だよなあ。パパ、頭大丈夫か?」

「おいこら、意味合い変えてんじゃねえよ」

 史から見えない位置で、賢吾にむかってべーと舌を出す。

 今は恋人同士の二人だが、それよりずっと幼馴染だった期間のほうが長い。遠慮のないやり取りはその頃からで、二人にとってはこれが日常だ。

 佐知の実家であり、今は佐知が三代目として継いでいる雨宮医院は、開院当時から東雲組のお抱え医院をしていて、賢吾と佐知の関係は数ヶ月違いで生まれた頃から始まっている。ちなみに賢吾のほうが先で、ことあるごとにえらそうにされるのが佐知としては気に入らない。

 賢吾は幼い頃から佐知を好きだったらしいが、佐知にはつい最近までその自覚がなかった。

 京香に、史を引き取って一人で子供を育てるなんて無理だ、と言われた賢吾が、佐知が恋人だと嘘を吐き、それが切欠で佐知はこの屋敷で暮らすことになった。そうして一緒に史を育てているうちに、賢吾への恋心に気づいたのだ。史がいなければ、今もまだ二人は幼馴染のままだっただろう。

 二人にとって、史は我が子同然の存在であると同時に、二人を繋いだキューピッドでもある。

「おっと、こんなことをしてる場合じゃなかった。早く食べよう、仕事に遅れる」

「俺の仕事の心配までするとは、さすが自慢のつがいだな」

「勘違いするな。『俺が』仕事に遅れるって言ってるんだよ!」

 一時期は俺の嫁とうるさかった賢吾だが、最近は何故だかつがいという言葉を気に入っている。もう慣れたのでいちいちそこは突っ込まない。……嫁よりは悪くないし。

「いただきます」

「いただきます」

 三人で手を合わせてから朝食を食べる。号令をかけるのは家長である賢吾だ。ここは賢吾の家で佐知は居候の身なので、まあ当然だと納得している。そこまで心が狭くない。

 以前は賢吾と対等の立場でいることにこだわりすきていたこともあったが、今では史を二人で育てていく上でどちらがどういう立場になったとしても、賢吾が佐知を対等だと思ってくれていると分かっているから、そこまでこだわる気持ちはなかった。

「う、んしょ……もぐもぐ……おいしいねえ」

「そうだな、佐知の飯は今日も美味え」

「こーら、二人とも口の中に食べ物を入れたまま話したら駄目だろ?」

 史はお箸の使い方をマスターしているので、スプーンやフォークをあまり使わない。時々危なっかしい時はあるが、せっかく頑張っているのだから手出しはしないことにしている。

 史の口の端についたご飯粒を取って自分の口に入れながら叱ると、二人はそうでしたと顔を見合わせてから、食べることに集中した。

「ごちそうさまでした」

 先に朝食を食べ終えた佐知と賢吾は、一生懸命箸を使う史を微笑ましく見守る。

「ごちそうさまでした!」

 食べ終えた史が箸を置いて両手を合わせた。母親の躾がよかったのか、ご飯粒ひとつ残さず綺麗に食べきった史の頭を、佐知は「よくできました」とくしゃくしゃと撫でてやる。

「ちゃんと全部食べてえらいな」

「ぱぱがね、いっつもさちのごはんおいしいっていうでしょ? でもぱぱだけじゃないんだよ? ぼくもいっつもおもってるの」

 ここへ来た当初はほとんど話さなかった史だが、佐知と賢吾に慣れるに従ってよく話すようになった。それに伴って語彙もかなり増えてきて、子供の成長の速さに驚かされる毎日だ。

「……そうか、ありがとう」

 史の言葉はいつも真っ直ぐで嘘がないと分かっているから、嬉しさもひとしおだ。笑顔で賛辞を受け入れたら、正面に座るうるさい男が口を挟んでくる。

「おい。俺のほうが美味いって思って――」

「はい、朝食終了」

 相変わらず、本当におとなげない。史のことは可愛がっているくせに、こういう時は張り合ってくるから困る。賢吾のほうが史よりよほど子供みたいだ。

 最後まで言わせずに食器をお盆に乗せて立ち上がり、賢吾に冷ややかな視線を送る。そうしてキッチンに向かって手早く食器類を洗い、史に「そろそろ行こうか」と促した。

「それじゃあ俺達は先に出るからな。真面目に働いてこいよ」

「俺はいつでも真面目に働いてるぞ。一家の大黒柱だからな」

「ああ、そう」

 東雲組の稼ぎ頭という意味では、まったく間違っていない。軽く聞き流した佐知が史と共に部屋を出ていこうとすると、「おい」と賢吾に呼び止められる。

「何だよ」

「大事な仕事を忘れてるぞ」

 よいしょと立ち上がった賢吾にネクタイを手渡され、佐知はまたかとため息を吐いた。

「いい加減に自分で結べるようになったらどうなんだ」

「結べなくはないが、お前がやったほうが綺麗だろう?」 

 医大時代の服装規定にカッターシャツとネクタイの着用義務があった。それは患者に対して礼節を重んじる方針からで、医大を辞めて医院を継いでからも佐知のその習慣は続いている。

 特にネクタイは締めるとびしりと気合いが入るので、そのうちネクタイの締め方にもこだわるようになった。

 一度賢吾のネクタイの結び目が気になってやり直してやったら、それ以来毎朝こうして強請られている。いい年の男がやってくれと顎を上げて待っている姿は……悔しいが少し可愛い。

「まったく……手がかかるったらないな」

 本当はこの瞬間の賢吾を可愛く思っているなんてバレたら、腹が立つほど調子に乗られるに決まっているので、佐知は精々嫌そうな顔でネクタイを受け取った。

「おい、にやにやするなよ。気持ち悪い」

「いや、佐知は今日も綺麗だなと思ってな」

「……っ、首を絞められたくなかったら黙ってろ」

 思わず本当に絞めすぎそうになりながら、何とかネクタイの形を整える。手を離して確認して、よし、と満足して頷くと、賢吾がくすりと笑って耳元に唇を寄せ、史に聞こえない声で囁いた。

「もちろん、解く時もお前がやってくれるんだろう?」

「……ばか」

 からかわれたくなくて表情に出さないように必死に堪えたが、顔が赤くなるのは避けられない。以前ならこんな台詞を言われても何のことだか分からなかっただろうに、賢吾に散々言われたせいで分かるようになってしまった。何か悔しい。

 佐知の表情に賢吾が満足げな顔をして、そのことに気づいた佐知が賢吾を睨みつけた時だ。

「邪魔させてもらうよ」

 聞き慣れた声と共に、突然居間の襖がすぱんと開く。驚いて視線を向けると、入り口に立っていたのは賢吾の母、京香だった。

「あ、きょうかちゃん。おはようございます」

「おはよう、史」

 史が丁寧に頭を下げると、京香がそんな史に目を細めて「いい子だねえ」と頭を撫でる。東雲組を姐さんとして支えている京香は礼儀にうるさいが、孫という欲目を抜きにしても史は百点満点のようだ。京香ちゃんという呼ばれ方も大変気に入っているらしい。

 最初はおばあちゃんだと自ら言っていた京香だが、京香は若くして賢吾を産んでいるのでまだおばあちゃんと言うには若い。一度史に話す時に佐知と賢吾がおばあちゃんと呼んだら殺されそうになったので、身の安全のために史には京香ちゃんと呼んでもらうことにした。

 孫に京香さんと呼ばれるのは他人行儀だから嫌だと言ったのも京香だ。女心というのはなかなか難しい。

 京香は夫である吾郎をちょっと暑苦しいぐらいに愛しているので、史が実際は孫ではなく吾郎の子供であると知ったら確実に血の雨が降る。できればこのまま微笑ましい光景で居続けて欲しいものだと切実に願う。惨劇はごめんだ。バレたら間違いなく吾郎はただでは済まない。いや、吾郎だけではない。佐知と賢吾も同罪だろう。考えただけで恐ろしい。

「朝からお熱いことだねえ」

 からかうような京香の言葉に、自分の現状を思い出してぱっと賢吾から離れる。

「か、勘違いしないでください。ただネクタイを結んでやってただけですよ」

「何を照れてるんだい。あんた達は夫婦も同然なんだから、別に誰に見られても構わないじゃないか」

 何の冗談なのか、賢吾と佐知は京香に、いや……京香どころか吾郎や組員達も含めて、この屋敷と本宅に住む者全員に公認された恋人同士なのである。

 そもそも、吾郎の子供を自分の子として引き取った賢吾が佐知を巻き込むために吐いた嘘が始まりだが、本当の恋人同士になってしまった今となっては、ここまで含めて賢吾の確信犯だったのではないかと疑っている。

「そりゃあそうだ。ってことで、ばばあは無視してもう一回見つめ合うところから……痛えっ!」

「いつ見つめ合ったんだよ、馬鹿」

 懲りもせずに佐知の腰に手を伸ばそうとしてくる賢吾の鳩尾に一発入れると、賢吾が大げさに顔を顰めた。鍛え上げた腹筋では大したダメージもないくせにわざとらしい。

 こほんと一度咳払いして気を取り直し、京香に向き直る。

「京香さんがこんな朝早くに来るなんて珍しいですね」

 京香が史に会いに来るのはよくあることだが、朝に来るのはとても珍しい。吾郎はかなり朝が早いので、佐知達が朝食を食べる頃にはとっくに本宅の朝食時間は終わっているが、吾郎が屋敷にいる間は、京香は何くれとなく世話を焼いて吾郎にべったりなのが常だ。

「ああ、そうだった。そろそろ今年も健康診断をしたいと思って、あんたの都合を聞きに来たんだよ」

「ああ、そういえばもうそんな時期ですね」

 吾郎は心臓が弱く、時折体調を崩す。そんな夫にいつも付き添う京香は、自身の健康にとても気を遣っていた。ついでに組員達も、毎年全員健康診断を受けることになっている。

「年のせいか、最近どうも体が重くてねえ」

「太ったんじゃねえのか?」

 言った途端に京香に頭を叩かれた賢吾が、頭を押さえて呻く。手首のスナップが利いて結構いい音がした。ざまあみろ。

「今月は結構往診の予約が入ってしまってるんですけど、来月なら今のところ大丈夫だと思います」

「そうかい? それならまた日にちを決めて連絡するよ」

 分かりましたと返事をすると、それに頷いた京香はもう一度史に目を向ける。

「史、パパと佐知がいちゃいちゃして仲良くし始めたら、いつでも本宅のほうへおいで」

「べ、別にいちゃいちゃなんて……っ」

「あのね、ぱぱとさちはなかよしで、ぼくもぱぱとさちとなかよしなんだよ? だからぼく、ここがいい」

「いいぞ、史。ばばあの出る幕じゃねえってもっと言ってやれ」

「やれやれ。史は本当にいい子だねえ。この馬鹿息子と血が繋がってるとは思えないよ」

 確かに血は繋がってますが、賢吾よりもっと濃く繋がってる人がいます。言えるはずもないので、佐知は乾いた笑いで誤魔化した。

「それじゃああたしは吾郎さんのところへ戻るとするよ。目を離した隙に何をするか分かったもんじゃないからねえ」

 そうですね。たとえば浮気とか。心の中でだけ突っ込んで、愛想笑いで京香を見送る。そうして京香が居間を出ていくのを見届けて、佐知はほっとため息を吐いた。

 京香のことは好きだが、毎度嘘がバレないかと緊張する。そうして緊張から解放されて何気なく時計に目を遣り、やばいと焦った。

「早く行かないと遅刻する!」

 慌てて史を促して、ネクタイと上着を手に部屋を出ていこうとしたら、またしても賢吾に「おい」と呼び止められる。

「今度は何だ!」

「佐知、出かける時は何て言うんだ?」

 賢吾の言葉に、うっと詰まる。挨拶は基本だ。史の教育のためにもきちんとしなければいけない。それは分かっているのだが、この瞬間が佐知はものすごく苦手だ。

「……いってきます」

「いってきまーす!」

「おう、いってこい」

 毎回意識するなと自分に言い聞かせるのに、どうしても顔が赤くなってしまう。

 いってきます。この言葉は、賢吾と暮らしている事実を突きつけられているようで、ひどく恥ずかしくなるのだ。

 佐知が必要以上にきつく当たってしまうのも、照れ隠しだと賢吾にはバレている。その上で佐知の我儘を許しているのだから、賢吾のほうが役者が上だ。自分の器の小ささを思い知らされるが、今までずっとこのスタンスでやってきたのに、急に賢吾に甘えたりなんかできる訳がない。そんな自分を想像しただけで死にたくなる。

 だがずっとこのままではいずれ愛想を尽かされる。こんな態度ばかり取っていて信じてもらえないかもしれないが、佐知だって本当はもっと素直になりたいと思っていた。

 どうやって可愛げのある恋人になるか。それがここ最近佐知の頭を悩ませている懸案事項である。

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