群青(格闘家の物語)2
鈴木タビト
次章 日の丸特攻隊
21
「鶴矢。鶴矢。神様だけど、大麻比古神社の英霊に挨拶しないの?」
神様が、やんわりと笑む。
「ここでございます。鶴矢殿。神様」
白猫が神様の両手を舐めた。
「いやはや、不思議なものだ」
鶴矢が、神社の鐘を鳴らした。
「旧日本軍に黙祷しようよ」
「そうだな、英霊に感謝の意を!」
「そうですよ。鶴矢殿。誰しもが日本の礎(いしずえ)となった大東亜戦争。この白猫のレレ。しかとこの目で、あなたがたお二方の意思と心を知りました。大麻比古神社は、英霊の神社。そうそう、本日は弓取り式も、やっております」
弓取り式。
なにやら、今日の境内は騒がしい。
それもそうだ。
今日、弓取り式を執り行うのは?
19年振りに、日本人横綱となった、稀勢の若が、この神社の真ん中で執り行うのだ。
マイクを持つ幕内力士の弟子が説明する。
「かの第二次世界対戦では、たくさんの酷い日本兵が、中国、韓国を侵略し、非道の限りを尽くしました。ベストを尽くしたのではなく、悪行の限りを尽くしたのです。第二次世界対戦において、日本は、中国、韓国に謝らなければなりません」
弓取り式が、始まる。
「悪くない。むしろ好きだ」
鶴矢が、軽く首肯する。
「でも、中国、韓国に土下座するのは、ねえねえ、鶴矢、悪いことでしょう?」
「ああ、悪いことだ」
日の丸特攻隊。
かの大東亜戦争で死んだ戦没者に、畏敬の念を捧げるのなら、許せないことが、1つある。
鶴矢にとって。
売国奴ってのは。
あの横綱(稀勢の若)のことだ!
「いいかい、レレ。大相撲ってのは、何時から左翼団体の広告塔になり、人気取りのために、右翼を完全に知り過ぎていながら、左翼に組みするのかな。あれを見てくれ」
と。
鶴矢の目の前で。
稀勢の若の弟子が、日の丸の国旗に火を点ける。
ごうごうと燃える、日の丸特攻隊。
「しかし、悪くない。むしろ好きだ。ひとの命とたかが国旗の布を燃やすことは釣り合わない」
と、鶴矢。
しかし。
そんなもの。
大相撲の力士、しかも横綱がやることじゃない。
ならばこそ。
オレの今日は、日の丸特攻隊だ!
鶴矢が、稀勢の若に猛ダッシュする。
22
左ハイキック。
鶴矢が繰り出したのは、修斗の隠し技、左ハイだ。稀勢の若が反応し、張り手で返したが、再び距離を取る鶴矢。
「真珠湾攻撃、開始だ!」
鶴矢が、1より早い0のタイミングで攻撃したのだが、稀勢の若のマゲを風圧で揺らしただけで終わる。
弟子が、3名、鶴矢を取り押さえようとし。
その内の2名は、鶴矢の右ストレートの連発で、屠り。
残りの1名は、片足タックルからのグラウンドで、骨を折る。
目が、本気(マジ)だ。
「いいかい。下っ端じゃ、力不足だ」
鶴矢が、ため息を1つ。
「残念な。オレが誰だかわかっているのかい」
稀勢の若がカラカラと嗤った。
「知名度と、強さは同等ではない。力を持つ人間が、正しいからこそ、その位置にいるわけではない。真実には、貧しくみじめな人間が、正しいからこそ、力を持つ人間は何時だって、間違いばかりだ」
「おもしろい」
稀勢の若が、睨む。
「正義を持つ者は、例え敗北したとしても勝者だ」
鶴矢が、総合格闘技のスタイルに構えた。
ゆるやかに加速してゆく。
自分が自分じゃない感覚。
溺れる者はワラをも掴む。
ワラならまだしも、ウミヘビなら?
溺れる者は、ワラをも掴むが、ウミヘビの毒に、牙に飲み込まれたのなら、話は別なのかもしれない。
日の丸特攻隊。
鶴矢が、稀勢の若に右ストレートを放った。
ごうごうと冬の風を切り裂く。
それでいて、静謐で我ままな、特攻。
死せばもろとも。
生き恥どころでない。
オレは逃げない。逃げたとしても、そいつは悪くない。でも、逃げることが本当に悪いことだとも思えない。人間の感情の1つに恐怖がある。力を持たないクラスメイトで、いじめられている人間に対して、オレはたぶん、傍観者を気取る奴だと思う。そう、シミュレートでは、いじめられている人間は、実に卑怯で姑息だからだ。逃げることに対して、否定的でもあるからだ。
「やれやれ、だなッ!」
鶴矢の右ストレート、その一撃で、稀勢の若が、後方へ吹っ飛ぶ。
フルスイングの右。
しかし、まだまだ。
横綱の矜持、プライドはこんなものじゃない。
横綱ではあることは、ある種、世界一の証でもあるからだ。
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群青(格闘家の物語)2 鈴木タビト @shu35
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