(4)Yes,I like you.


「俺たち、またやり直さないか」


 ブランコから降りたシンちゃんが言う。今までの閉口が嘘だったみたいに、その言葉はまっすぐ、勢いよくぼくの胸に刺さった。

 シンちゃんと付き合って、嬉しかったことはたくさんあった。悲しかったことがたくさんあった。

 けれどその期間を、右肩の上のあたりから冷静に見下ろしているぼくもいた。

 たった半年間の恋愛ごっこ。

 さらに言えば、そうやって俯瞰する下卑たぼくすらも見下ろすぼくのようなものもいて、それらはぼくの意識の領域の外へと連なっていた。

 ぼくは、ぼくたちに助けを乞うように、目を閉じて語りかける。

 ぼくはどんな言葉を選べばいい?


 シンちゃんへ。


 そのように、胸の奥に言葉を投げかければ、何かが湧き上がるような気がして――


 ぼくのどこが好きですか?

 長い髪が好きですか。頭一つ分低い位置から、見上げるぼくは好きですか。

 遊び方を知らないぼくは楽ですか。時にそれは従順に見えますか。

 あなたの手を握った時、そのごつごつした感触にいつもびっくりします。でもとても温かくて、指先はあなたに馴染んでゆきます。

 あなたは同じ気持ちですか。たまに汗ばむ手のひらの湿り気は、好意ととらえていいのでしょうか。

 学生のくせにマクドナルドを奢ってくれても、ぼくは少しもときめきません。けれどそんなあなたの見栄が、不意にいじらしく可愛く見えるのです。

 そんなあなたとの帰り道、ぼくはたまに思い出したように、あなたの三歩後ろを歩くのです。

 ぼくは慎ましく見えますか。それともよく分かりませんか。

 ぼくにだって、自分のことがよく分からないのです。あなたにはもっと分からないでしょう。

 興味のあることなんてありません。やりたいことなんてありません。

 きっと捉えどころがないでしょう。それとも無為に見えますか。

 ぼくは赤色が好きだけれど、あなたから見たぼくはきっと、白かそれに似た色なのでしょう。

 あなたの色に染めたいですか。それとも他の色が見えますか。

 ぼくのことを支配したいと思いますか。学校の階段の踊り場で、初めてあなたと唇を重ねた時、ぼくの中に雪崩れ込んでくるあなたの勢いに、少しびっくりしたのを覚えています。

 瘦せぎすの女の子と揶揄やゆされます。ぼくの身体は魅力的ですか。

 きっとこんなことを聞いたら、あなたは悲しげな顔をするのでしょう。

 それとも下卑た笑みを浮かべますか。

 胸はあまり大きくないです。左胸の心臓の膨らみが、右の胸と比べてはっきり分かるくらいには。

 きっとあなたに全てを委ねて、ベッドに横たわった時、小さなおっぱいの次に、あなたは丘のように出っ張った肋骨を見るのでしょう。

 そこに指を這わせたいですか。それともまっすぐ下着の中に飛び込みたいですか。

 自分でも自信はありません。それでも少し、ほんの少しだけ、足には人より自信があります。

 お風呂上がりに足を伸ばして、太ももの付け根あたりから、足首まで手のひらを撫でつけます。

 マシュマロみたいとは言えないけれど、それでもぼくは女子高生ですから。

 手のひらを押し返す感触に、時折頬が緩んでしまいます。

 きっとあなたにそれを告白することはないでしょう。それとも少し背伸びして、あなたとお酒を飲んでみたりして、下世話な話をした時に、ふと零してしまうかもしれませんね。

 SNSに自撮りをアップロードするほど、いまどきの女子高生は出来てません。

 男の人から見たらどう思いますか。情報リテラシーはよく分かりませんが、思慮深く見えますか。それともちっぽけな個性を振りかざす、イタイ女の子に見えますか。

 たまに周りの女の子たちを見て、馬鹿みたいだと思うことがあります。

 外から見ればぼくも含めて、ものを知らない女子高生なのに。

 男の子はどうですか。あなたの周りに馬鹿はいますか。

 皆ぼくより馬鹿で、ぼくより良いところがあります。ぼくに起伏はありますか。

 あるとしたら一体それはなんですか。

 あなたの口から愛してるという言葉を聞いた時、ぼくは嬉しかったし、同時に疑問を覚えました。

 一体ぼくのどういうところが、その言葉を引きずり出したのでしょう。

 ぼくの全てが好きだと言われたら、きっとぼくは嬉しくて小躍りするのでしょう。

 そんなぼくが愛おしいですか。抱き締めたくなりますか。

 抽象的な愛してるよりも、具体的な好きが欲しい。そんな風に思ってしまうことだってあります。

 あなたは面倒臭がりますか。その問いかけの後に、一秒、一秒と時が進むごとに、きっとぼくは不安になるでしょう。

 その時の気分によっては、五秒以内に答えが返ってこないと全てが嘘に聞こえます。


 だからあなたには言いません。

 だからあなたには聞きません。


 あなたには不満がたくさんあります。けれどそれ以上に、魅力的なところだってたくさんあります。

 それに比べてぼくはどうですか。あまりにちっぽけで、没個性的ではないですか。

 自分の容姿や思想は確かに気に入りません。けれど多くの女の子が、きっと似たようなものなのでしょう。

 ねえあなた。あなたに聞いても仕方がないのかもしれないけれど、もし知っていたら、どうか教えてくれませんか。

 どうしたら割り切れますか。割り切れない個性は好きですか。

 後ろ向きな個性を受け入れられますか。言葉だけを聞けば、きっとあなたはぼくが縋り付きたくなるような言葉を吐くのでしょう。

 ジェイポップに使い潰された言葉でもかまいません。それとも村山由佳が綴った言葉を引用しますか。

 どちらにしたって、ぼくはあなたに不満があるけどありません。

 けれども、ぼくはあなたとこれ以上日々を積み重ねられる気がしないのです。

 ぽっかりと穴が空いたような、なにもないぼくを知りました。あなたが愛してると言ったからです。

 あなたがそれを許したとしても、ぼくはそんな自分を好きになれません。

 こんなことを、あなたに向かって話せますか。


 だから。ぼくは。

 だから、だから――


「ごめんなさい」


 ぼくはどんな顔をして。


 盗まれた心臓があった場所に、風が吹き抜けるような気がした。

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