チェド

@tmiyauchi

チェド(一話完結)

物語は、1993年の日本から始まる。

茂野は大阪市立の大阪高校に入学したばかりのころであった。当時、大阪高校ではロシアとの交歓留学が開始されたばかりであった。チェチェン人のマリカも留学生の内の一人であり、茂野と同じクラスであった。マリカは3人姉妹の末っ子で、おっとりした、おとなしく目立たないタイプであったが、目鼻立ちがはっきりしたロシア美人であった。二人ともクラスこそ1‐Bで同じであったが、席がはなれており、最初はお互い意識は全くしていなかった。しかし、茂野は医師を、マリカも科学者を目標にしていたため、同じ化学部に所属することになった。夏休みの研究合宿、文化祭に向けての超能力研究の発表と同じテーマを共同で行ううちに、自然と二人は惹かれあう。

クリスマスのころには、かなり親密になっていた。

しかし・・・

1991年のソ連崩壊による、チェチェン独立の機運が高まり、独立戦争が勃発する。その中、なぜか、ソ連人兵士たちが謎の発狂死を起こす事件が多発する。

マリカの父は、チェチェンの警察官であったが混乱の中、命を落とすことになり、マリカも帰国せざるを得なくなる。茂野は引きとめたが、マリカの帰国の決意は変わらなかった。

帰国当初は文通もあったものの、次第に激しくなる混乱の中、マリカの消息は途絶えてしまう。


チェチェン騒乱ののち、日本で二人は再び偶然に出会うが、ソ連とチェチェンが戦争に突入、マリカは再度帰国し、騒乱の中、命を落としたとの噂が茂野の耳に入ってくる。


絶望に打ちひしがれながらも茂野は目標としていた医師となり、赤十字の医師として働くようになった。

舞台は近未来のロシアへ移る。

近未来では、人々の通信手段として、脳波を利用したモバイルが主流になっていた。

モバイルは非常に便利な道具で、世界中に普及していた。ソ連では、もともと軍事目的で開発されていたこともあり、モバイルを利用した国家統制がおこなわれようとしていた。

そのモバイルを通じての脳波操作を行おうとした実験の最中、1993年ごろにあった大量の人々の発狂死が、再度発生した。被研体の多くはソ連人たちが多かった。

モバイルにより、もともとは実在しなかった怪獣が、チェチェン紛争によるチェチェン人の虐殺に端を発した事件から、チェチェン人の恨みの念の集合体となり、実体化し人々を襲いだしたったのだった。

それを抑え込もうと、軍隊が出撃し、怪物に攻撃を加えたが、逆に兵器と融合し、実体化しモスクワへ上陸してしまう。

思念の集合体であり、実体もロシア軍の使用している自軍の兵器なので、ロシアは対応に苦慮する。人々はチェドから発せられる思念に精神を蝕まれ、悶絶死するモスクワ市民が多数発生していく。

一方、近隣国では、チェドによる被害報告が報じられる中、チェド対策に追われる。

中でも、中国は外交上、旧共産圏であり一見友好関係を保っているように見せていたが、ロシアが壊滅状態に陥る可能性が高いとの憶測が飛び交う中、チェド対策のため、大陸間弾道弾による核攻撃の準備を始める。ロシア中央政府機能を核攻撃により停止させることにより、極東地域における資源奪取を図る目論見もあった。

核攻撃は実施されたが、弾道が炸裂した痕跡は見当たらなかった。チェドに核ミサイルが吸収されてしまい、結果炸裂しなかったのだった。

再びチェドの脅威にさらされたロシアは、既に、モスクワが人々の死骸だらけの無人のゴーストタウンと化してしまい、連邦国家の中枢機能は機能しなくなっていた。チェドはモスクワから東へ進路をとり始めた。

チェドは、大戦後に迫害されたチェチェン人が散らばっている地域へと、まだ、ソ連への怨恨の思念の残る地域へと移動し始めたのだった。途中で、怪物化したチェチェン人を吸収していきながら、核弾頭を抱えながら、さらに巨大化、実体化していく。

ロシア近隣諸国では、チェドの情報を収集し各国での対応をしていたが、事態が悪化の一方をたどり、中国を含めた先進国首脳は緊急TV会議を開催した。正体不明の怪獣が、少なくとも核弾頭を体内に抱えたまま、中国へ向かっている。中国への非難の言葉は出るものの、一向に各国首脳ともにチェドに対する対策案は出てこなかった。

チェドの進行は以前よりも早く、数日でカザフスタン国境近くにまで迫っていた。チェドの進路は方向から予測すると北京のようである。また、チェドの通った後には人々の悶絶死の死骸の山が築かれるのみで生き残っている人間は皆無であった。どのようにすれば進撃を食い止められるのかは、人々の予測できるところではなかった。

さらに数日が経過し、チェドが中国への進路をとっていることは、日本政府も認知するところとなり、日本政府もチェド対策に迫られていた。1950年代~1980年代初頭にかけて怪獣の被害の多かったこともあり、自衛隊を中心とした対策は取られていたが、今回は、姿形が全く解らず、抜本的な対策はない状況であった。

チェドがロシアと中国の国境を通過し、ウイグル、チベット地区に入った時、在住しているソ連人ではなく、中国人たちが突然、次々と倒れだした。殺戮の標的が中国人に変わったことから、チベット人たちの中国人への怨念によるものだった。結局、チェドは、抑圧された人々の怨恨の念から生まれた怪物だった。ただ、まだこの時点では、人々は、チェドの具体的な存在をうかがい知ることはできなかった。

その頃、既に無人となったモスクワ地方に災害救助として赤十字からの医師団が派遣されていた。医師団の見た光景は、異様なものであったが、モスクワの町を救助探査していると数名の人間が生き残っていることがわかった。生き残ったのは老若男女入り混じっていたが、共通点としてはいずれもチェチェン地方の出身者であることがわかった。思念による精神被害は恨みのない同族にはなかったようである。日本赤十字の医師となっていた茂野が、それを偶然に発見した。その情報は直ちに日本の自衛隊に伝えられ、先の中国チベット地区での情報と相まって、チェドの正体が判明したのだった。ただ、正体がわかったからと言って、対処方法が判明したわけではなかった。また、いまだに核弾頭を体内に有したままである。とにかく、直接攻撃では核弾頭の被害が甚大で退治できない。しかも陸地では無理がある。

とすれば、北京の先はるか東には広く深い太平洋がある。そこにおびき出す手段は無いものか。日本の自衛隊が直接活動できればいいのだが、精神被害はチェチェン人のみ影響がないことが分かっているだけで、日本人への影響が不明である以上、安保法の改正があったものの、自衛隊の出動もかなわない。

一方、日本赤十字の医師、茂野はロシアからの災害派遣により、まだモスクワ付近にとどまっていた。医療村で生存者の治療を続けていたのだった。その、医療拠点で、茂野は、マリカの幼馴染に出会う。彼女は、ロシアへ帰国後、大学で脳波の研究を続けていたが、ロシア政府の要請により、脳波兵器の開発にかりだされていたことを聞かされる。幼馴染の彼女自身も、兵器開発に従事させられていたが、マリカとは別部署であったため、詳細は分からなかった。ただ、実験中の事故によりマリカは死んでしまっているとの噂は、聞いているようだった。茂野は失望しながらも、医療活動に従事しながら、マリカの行方を当てもなく探していた。そうしているうちに、茂野の医療活動は、モスクワ地域から序々

に南下して、カフカス地方へ向かうこととなった。カフカスへ向かう中途の車の中、茂野は不思議な夢を見た。形のはっきりしない、大きなもの、感覚的には怪物のようなものだったが、その怪物が、大勢の人々を発狂死させるものだった。ただ、その怪物もなぜか、人々の怨恨の念を口ぐちに言っていた。「俺たちは、ソビエトの連中のしたことは、忘れない。皆殺しだ。」そこで、茂野は目が覚めた。既に、チェチェンの地域への入っていたため、茂野は、生き残った人々に、過去に起きたことを聞いて回ってみた。助かっていた人たちは、チェチェン地方の出身が多かったため、過去の悲惨な抑圧の歴史を聞くことができた。

人体実験もアウシュビッツなみのひどいものが行われていたが、特に、人間の脳に関連する実験は、特筆すべきものがあり、身体的にはそれほどではないが、精神的は完全に崩壊したような状態で、帰ってきたという事例もあった。

また、茂野が駐留していた地域では、最近も、健康対策と称して、電磁波が人体に与える影響の実験が行われていたということを、偶然、一緒になった医師仲間から聞いた。その実態は、以前行われていた脳波実験を援用して、モバイルによる人間操作のための実験が行われていたのだった。ちょうどその実験の時期に合わせて、例の怪物が現れ、チェチェン地方から、いったんモスクワの方へと被害を拡大させながら、移動していたのだった。

そして、モスクワから、また南下を始めて、今は中国へと移動しつつあった。

茂野が、グロズヌイに到着したころ、その救護者の中に、偶然にマリカの通っていた大学で、一緒に研究をしていたという女性に出会った。彼女は、研究の助手という立場だったので、マリカとの接触は、頻繁ではなかった。また、避難の混乱の中、マリカは、いったん、母親が入所している施設へと向かっていったことは分かっているが、その先は、その女性もわかっていなかった。ただ、マリカの母親が入所していた施設は、チェドの被害区域の真ん中であり、そのあとの状況から考えても、おそらくマリカは生きていないだろうとのことだった。失意の中、茂野は救護活動を続けていたが、その救護施設の近くに、大きな施設を見つけた。茂野が、施設の中に入ってみると、そこは、いくつかの無機質な部屋に分かれていた。しばらく、辺りを調べてみたが、これと言ってヒントになるようなものはなかった。ただ、部屋の一つに、ベッドと通信装置、そしてデータ入力のためのパソコン端末が置かれていた。茂野がパソコンを起動してみると、起動し始めた。茂野は、理系出身であったためか、パソコンを起動し、画面が立ちあがった状況で、このパソコンが何の目的であるかが、わかった。この装置は、人間の脳波を直接刺激するものだ。近くにあった、ベッドに端子のようなものがあることにも合点がいった。人間の脳に直接端子を差し、パソコンでの命令を送るのだろう。そして、気付いた、ここは、人間の脳波の影響を調べる実験施設だったのだ。その恐ろしい実験の概要が、パソコンの中にデータとして残されていた。その中に、マリカの名前と、論文らしきデータを見つけ出した。その中では、このような結論が付けられていた。「実験としては、ほぼ成功であった。ただ、今後の運用過程での、人体への影響は、今回の実験結果のみでは図りかねる。まだ、影響分析が必要である。」そして、茂野は、そのファイルに、何か暗証番号のようなものを見つけた。

茂野には、暗証番号に心当たりがあった。学生のころに、よくマリカが使っていた暗号だったからだ。その暗号を利用し、マリカの個人フォルダへアクセスしてみると、そこにマリカのもう一つの実験報告書があった。そこには、ロシア人にはわからないようにという配慮だろうか、日本語でこう書かれていた。「この実験は、単なる虐殺なのだ。いつか、ソ連人たちには天罰が下る。」あの穏やかなマリカがこんなことを書いていたのだ。茂野は、パソコンを閉じ、マリカの死を確認したことによる、永遠とも思える喪失感を胸に、施設を後にした。

キャンプ地に帰ると、茂野は、日本に向けて手紙を書いた。新聞社の古い友人を頼り、チェチェンで起きていることの報道をもっとしてほしいという内容の手紙であった。また、防衛省の友人にも、今回の出来事が、日本にも降りかかるかもしれないという警告も手紙に書いて送っていた。二人とも、旧知の仲ということもあり、日本側では、それぞれに呼応した動きを見せ始める。

そのころ、チェドは中国国境を越えて、チベット地区まで移動し、いったん止まっているようだった。中国では、人民解放軍によりチェド来襲の可能性の地域からの政府要人脱出が試みられていたが、民衆との衝突が起こり、中国における大混乱が起こっていた。

チェド対策の情報は、ソ連に潜入していたスパイより中国共産党へもたらされていた。

中国もチェチェンに対してロシアとの紛争により打撃を受けたインフラ整備のための支援を行うといった友好関係はあったが、チェドの進撃が早く、国内人民(政府高官、共産党幹部が大部分だが)の避難で手一杯であった。

その一方で、核弾頭を抱えたままの状況の打破の検討が、国連本部で話し合われていた。当事者であるソ連や、近隣諸国は、とにかく核爆弾を抱えている状況を打破しようとする作戦を立案するが、いずれも効果的ではなく、さらに抱えている核爆弾の遊爆を誘う可能性のあるものばかりであった。一方、チェドとは遠方にあるアメリカ、イギリスといった国々は、静観をしていた。あわよくば、混乱してる地域の資源や各種の利権を奪取することも考えてはいたが、核弾頭を抱えているとなると、自国の軍隊を出動させるわけにもいかなかった。

ただ、国連常任理事国の立場上、それなりの対応を求められてもいたため、チェドの解析に基づいて、対処を検討していた。ロシア、中国はチェドや、核弾頭の脅威の当事者国であり、国連に派遣されていた外交官たちも、情報の少なさから右往左往していた。情報がないという意味では、他国も同じであったが、チェドや核弾頭の脅威が自国に及ぶ範囲を考慮にいれたとき、多数決では、現状にいる個所で、被害が少ない個所で処理するしかないということになった。そこで出た結論は、チェドを再度カスピ海までおびき寄せ、湖深く沈めるというものであった。ただ、どのようにおびき寄せればよいかのか、ということが分からない。その会議に、茂野の友人の防衛省のメンバーも加わっていた。茂野から既に連絡を受けていたので、チェドが怨恨の念の集合体であることが、会議の中で伝えられる。最初は、科学的根拠なく、みな信じられれない雰囲気だったが、今、チェドがいる近辺での、中国によるチベット抑圧や、そもそものソ連でのチェチェン抑圧の歴史や、人体実験報告などを考えると、みな次第に理解していっているようであった。ただ、中国側は納得しない。


チェドは、カザフスタンと中国国境の町、サルカンドにとどまっていたようだった。特に、人々が死んでいくような現象は起きていなかっただが、人々は逃げまどい、かなりの混乱状況であった。サルカンドには、中国人、ロシア人、そしてチベット族の人たちも住んでいた。混乱の中、特に中国人たちは、その混乱に乗じて、チベット族の人間から、略奪や暴行を行っていた。そうしているうちに、サルカンドで収まっていた人間の虐殺現象が、またはじまったのだ。ただ、死んで行くのは、中国人で、チベット人やロシア人は、影響を受けていなかった。ちょうどその頃、チェチェン地方での救護活動に目途がついた茂野が、チベット地区へと活動の拠点を移していた。

茂野たちは、救護活動を続けたものの、混乱は収まる様子はなかった。チェドは進撃を止めず、チベット地区での虐殺は続いて行く。その一方で、チベット地区から、分離した靄が発生した。靄は、生き物のように、ウイグル地区へと向かっている。その中を、核ミサイルの塊も、同時に移動していく。そのことで、チェドの進撃方向は、少し予測がついてきた。チベットから、再度モンゴル方面へと方向を変えているように見えた。モンゴルにおいても、中国人たちの抑圧があったため、その影響からであった。茂野たちは、チェドの進撃に合わせて、移動していくしかなかった。

途中、統率のとれなくなった中国軍による、硫酸散布による核弾頭の除去作戦は有ったものの、内部の核物質がウイグル地区で拡散しただけで、全ての核弾頭の除去にも失敗する。

その進撃の途中、茂野は救護活動をしながら、過労で倒れてしまう。茂野自身三日三晩、眠り続けていた。茂野は眠っている途中、マリカの夢を見る。夢の中のマリカは、茂野が高校生だった時代の姿であった。ただ、しきりに何かを話しかけている。夢の中なので、はっきりとした意識はなく、最初は、どのような内容かはわからなかった。しばらくすると夢の中の場面が変わり、マリカが何かの施設にいる場面になった。そこでは、何かマリカは実験を行っている様子だった。そうか、これは、マリカがソ連に帰国してからの、大学での施設の実験の様子だ。しばらく、マリカは実験を行っていたように見えたが、何か躊躇している様子へと変わり、実験室を出て行ってしまった。最初は、茂野もマリカがなぜそのような行動をとったのか不思議だったが、実験室の向うのガラス張りの部屋と、脳波測定装置が傍にあるのを見て、徐々に理解していった。マリカが、脳波の人体実験をしようとしていたのだ。だが、人体実験へのためらいから、その場を逃げ出してしまったのだ。そして、場面がまた変わり、マリカが施設から逃げ出す様子が展開されていた。マリカは、しばらくの間、施設の責任者らしき人物と言い争いを行っていたが、そこに軍服を着た将校がやってきて、マリカにいいよっていた。だが、いくら言い寄られても、マリカは、それに応じる様子が一切見られなかった。すると将校は、拳銃を取り出し、マリカの足を打ち抜いた。マリカが倒れこむと、将校は再びマリカに問いただしているようだった。

しかし、それでもマリカは応じる様子がなかった。将校は、ついにマリカの頭を打ち抜いた。夢の中ではあったが、茂野は、マリカが当時おかれていた状況を理解した。そして、改めて、マリカが死んでしまった具体的な状況を認識する。そして場面が変わり、茂野とマリカが高校生だった頃に戻っていた。クラブ活動、WSJや茂野と行った一度きりのデートの思い出が交錯する。茂野は、その場面で出てくるマリカに話しかける。今、現実世界で起きていること、そして、この状況を鎮静化させないと、人類の生存自体が危うくなってしまう可能性があること。しかし、マリカは答えない。周りを見ると、無数の人々がマリカを見ている。マリカは、彼らを見ながら、答えようとはしない。そのうち、人々が、口ぐちに話し出した。


(チェドの中の人々)

「俺たちは、意味もなく殺されたんだ。決して許さない。ソ連の奴らを。」

マリカは、彼らを説得するように言う。


(マリカ)

「彼は、日本人なの。あなたたちには、何も関係がないわ。それにこんなことをしても、また、恨みの連鎖が続いて行くだけじゃあ。」


(チェドの中の人々)

「そんなことは、どうでもいい。それにお前自身も、抑圧された環境だから、あんなことになったのでは。純粋に科学者を目指していただけなのに。」


(マリカ)

「それは・・・」

マリカの説得もむなしく、チェドにいる人たちの怨恨は、消えることはなさそうだった。

マリカは、茂野に語りかける。


(マリカ)

「私も、あきらめずに説得は続けるから、なんとかそっちの世界でも、彼らチェチェンの人たちの怨恨を浄化できるようにして。」


そして、マリカは、徐々に消えて行ってしまった。そして気付いた時には、ベッドの上で点滴を受けながら横たわっていた。

茂野が倒れている間、チベットでの中国人の大量死は、いったん終息を見せていたようであった。そこに、災害救助と称して、日本の自衛隊が到着する。そこには以前同級生であった石崎が派遣の部隊にいた。石崎は女性ということもあり、救護班に所属しており、茂野と再会することになる。石崎は、茂野とは幼馴染であり、ずっと好意を抱いていたが、高校時代に、告白し振られている。その影響というわけではないが、大学は防衛大学校に進み、今に至っている。石崎は、自衛隊で、救護活動班に所属しながら、最新兵器の実験にも携わっている。特に人体に関連する機器に関しては、最新情報を持っていて、脳波を利用したモバイル通信機の人体実験の担当者でもあった。

茂野は、石崎にマリカのことを話した。既に殺されてしまっていること、そして今チェドの中にいること、チェドが怨恨の念の集合体であること。すると、石崎はモバイル機器を取り出した。現在、石崎はその機器によって、人間の脳波を利用した兵士同士の通信手段の実験担当をしていたのだ。石崎は、少しためらいながらも、茂野に提言した。

「この装置を使えば、チェドの中にいるマリカと通信ができるかも、ただ、通信可能エリアはまだ近距離しか無理だから、チェドに近づく必要があるの。」

茂野は、迷うことなくうなづく。石崎は、迷いながらも、結局、モバイルを茂野に渡してしまう。それから数日後、茂野が現場で救護活動を行っているとき、また、中国人の大量死が始まった。現場へ急行し、茂野は、モバイルを取り出した。ボタンを押せば、脳波を感知する機能が開始された。すると、様々な脳波が検知されてしまう。ただ、このモバイルは、プロトタイプとはいえ、脳波を元に、その考えを文字に起こすことができた。茂野は、モバイルに現れてくる文書は、中国人、ソ連人に対する怨恨がほとんどであったが、中に、次のような文字を見つけ出した。「私は、こんなことはしたくない。助けて、茂野君。」

マリカ以外には、この表現は考えられない。マリカは、チェドの中にいる。ただ、怨恨の対象とは言え、人々を虐殺していくことに、非常に疑問を感じてしまっている。なんとかチェドを留めて、自分もここから解放してほしい。と言っている。茂野は、マリカがチェドの中とはいえ、存在していることに少し嬉しさを感じながらも、一方でこの事態をいかに収束すればよいかにも考えを巡らせていた。石崎にも、その対処の相談を持ちかけた。

石崎は、よい顔をせず、モバイルの利用をできるだけ避けるようにしか進言しなかった。

だが、茂野は、マリカを救い出したいこともあって、再度、モバイルを利用してのチェドとの通信を行おうと、試みる。チェドとの通信を始めると、また、様々な人の思いが、茂野の脳波に直接影響してきた。その通信量が膨大になってきたため、茂野は、その場で悶絶してしまう。ただ、それが幸いして、それ以上の茂野への通信は途絶えたため、茂野の脳への影響は、非常に限定的となった。石崎は、茂野を介抱しながら、一人つぶやいた。

「どうして、マリカばっかりなの。」倒れた茂野を介抱しながら、しばらくたたずむ石崎だった。


それから、1週間たち、チェドは、上海へと進撃を進め、中国軍との一戦はあったものの、核攻撃も利かなかった相手に通常兵器が通用するはずもなかった。総人口2,500万人の人口を誇っていた国際都市上海も今や、チェドの進撃による人々の死体の山が積み重なるだけの都市となり果てていた。

チェチェン人民軍との共同作戦の準備が整ったのは、チェドが上海に到着し、進撃を止めた時点であった。

作戦内容は、海上自衛隊のイージス艦をおとりに日本国土を通過せずに太平洋上におびき寄せ、チェチェン人パイロットの操縦する大型ヘリにより頭上より濃硫酸をかけ、核兵器毎とかして海中に沈める作戦である。

作戦は功を奏しているように見えたが、濃硫酸による攻撃が効かなかった。確かに、核ミサイルの破壊には貢献したが、チェド自体には効果はなかった。また、核ミサイルに搭載されているウランが残留することとなり、一刻も早いチェド対策がさらに要求されることになった。

一方、茂野は自衛隊機にて上海の空港についたところであった。

空港に到着した時に見た上海の惨状は目を覆うばかりのものであった。その時、ひと組のカップルが手をつないで、穏やかな顔で死んでいるのを発見した。

(チェドの攻撃ではみな悶絶死しているのになぜなのだろう?)

という疑問がふと、茂野に浮かんだ。

と同時に、マリカとの思い出が走馬灯のように浮かんだ。

(そういえば、マリカは、まだチェドの中にいるはずだ。なんとか、彼女とのコンタクトが取れれば。)

茂野が、今回配属されたのが上海の郊外であった。そこは、以前は、中国人だけではなく、アジア人だけではなく、あらゆる人種がいる保税地区でもあった。その地域は、比較的被害は少なかったが、やはり混乱は続いていた。ただ、中国人以外の外国人に関しては、あまり影響は少ないようであった。

茂野の救護活動は、続いていたが、救護人数が少なくなってきたせいか、少し落ち着きつつあった。ただ、一方であまりにも人間が多く死に過ぎていたためか、茂野は少し精神状態が、おかしくなってきていた。それに、助けられなかった罪悪感のようなものもあってか、悩むことが多くなってきた。救護班には、日本の自衛隊も同行していて、石崎も一緒だった。石崎は、脳波を利用したモバイルが、チェドの発見には有効であったことから、チェド探知レーダー部隊の一員として、自衛隊に参加していた。石崎が茂野を見舞ったときに、茂野からモバイル使用の作戦に参加したいと懇願する。モバイル利用のリスクを知っている石崎は、再三断るが、茂野の強い要求には負けてしまう。作戦当日、茂野は、石崎と行動を共にしていたが、モバイル利用作戦が始まると同時に、チェドの中心部へと突入し、マリカとの通信を試みようとする。最初、チェドはなかなか出現しなかったが、逃げまどう中国人たちが、やはりチベット族の人たちに対する差別を止めず、抑圧し、果ては殺してしまうといったことから、再びチェドが出現する。茂野は、チェドの懐に飛び込むように、人々が死んでいく中に入って行き、モバイルによる、マリカとの交信を試みる。

数度、通信を試みるものの、あまりに複数の思念が渦まく中だったので、なかなかマリカとの通信が行えない。一方、そこは、テーマパークの上海WSJのある場所だった。茂野は、学生時代に、マリカたちと楽しんだことを思い出す。すると、モバイル通信から、マリカの応答があった。WSJでの楽しかった思い出に呼応して、茂野との通信ができるようになった。当初は、他の怨恨思念が邪魔で、とぎれとぎれであったが、マリカの強い思いによって次第に途切れることなく、通信ができるようになってきた。マリカは、WSJで伝え損ねた思いを、自分が茂野を愛していることを伝えたかったのだ。しかし、その時、中国人たちの暴動が起き、それに呼応してチベット人たちの怨恨が表に出てしまい、茂野へ伝えることができなかった。それどころか、茂野がモバイルを保有、利用していることにより、大量の怨恨の念が逆流することで、茂野の精神状態が危険な状態になっていった。そこに、石崎が最新の脳波探知モバイルを持ってきた。実験のためであったが、茂野を助けるためモバイル探知受信を最大値にしていた。それにより、茂野に流入する怨恨の念は、回避できたものの、石崎に集中することで、石崎自身の脳へ、直接の影響が起こってしまった。

石崎は、茂野の傍に倒れこむ。茂野は、石崎を助けようとするが、チェドの怨恨の念は、とめどなく石崎に流れ込んでいるようであった。最後の力を振り絞り、石崎は茂野にこう伝えた。

「あなたは、ずっとマリカが好きだったのは知っている。けれど、あなたがマリカを思う以上に、私もあなたがずっと好きだったの。」

そういうと、石崎は茂野の抱きしめる腕の中で、息を引き取った。茂野は驚くと同時に、悲しみに暮れる。茂野が、マリカとの対話をしている間は、チェドの進撃は止まっていたものの、石崎の死による、茂野とマリカが悲しみに覆われてしまったことにより、負の念が強まってしまい、再びチェドの移動が始まった。

チェドは容赦なく上海の町を移動していき、中国人たちの死体の山が築かれていく。ここで、日本政府は、切り札であるモバイルを失ったことにより、上海での活動をあきらめ、自衛隊の撤退を始める。茂野たち、国連医師団も歩調を合わせて日本への撤退を始めた。

日本では、モバイルによる脳波干渉が、有効に機能しなかったため、新たにチェドに対する対応策が自衛隊本部にて行われていた。帰国した茂野も、現場を知るものとしてその会議には呼ばれていた。しかし、会議では有効な手段は議論されず、ただ、自衛隊内の派閥争いのような議論が繰り返されるだけであった。

上海では、中国軍の残党が暴徒化していて、核ミサイルの遊爆を引き起こしてしまう。上海が焼け野原になったことが世界各国に伝えられると、日本を含む東アジアへの風当たりが強くなる、欧米各国は、東アジアの封鎖の動きを見せる。自衛隊は、封鎖を防ごうとさらに実験中の脳波操作兵器を持ちだし、チェドへ対処できないかを実験しだす。この実験では、チェドの対処目的もあったが、日本国民の意識操作も目的とされていた。実験は、かなり広範囲に行われていたため、主に近畿地区から、西の地域にかなりの影響が出てくることになる。既存の公衆無線ネットワークを利用しての脳波操作の仕組みであったため、老若男女問わず多数の人々に影響を及ぼすことになった。

日本が、実験による混乱をきたしているころ、チェドは、海を渡って、台湾へ向かっているように見えた。それを察知した日本政府は、自衛隊を派遣し、実験中の脳波操作兵器の実戦投入に踏みきろうとする。しかし、台湾では、戦時中の日本軍による統治に大きな不満を持っていた人々もいたことから、チェドによる日本人虐殺が起きてしまい、結局、チェドの進撃には対応できない。沖縄駐留の米軍も、台湾上陸の情報を受けながら、静観というよりは海上封鎖により撤退の動きを見せていた。結局チェドに対して、有効な手立てはなかった。

茂野は、チェド対策会議には参加せず、故郷の大阪に戻っていた。両親を、北海道の親戚に預けるために戻っていたのだった。幸い、両親ともに介護が必要な状態ではなかったので、無事、北海道へと送り出すことができた。ただ、その間に、チェドは海を渡り、沖縄へと上陸しているようであった。沖縄近海の会場は、米軍の第7艦隊により封鎖されており、逃げ出そうとする人々は、船ごと沈められてしまうというような事態も相まって、沖縄住民たちが、島から逃げ出すこともできず、次々に虐殺されていった。その状況から、九州地域の人々は、みな東へと逃げ出して、大移動が起こっていた。ただ、移動していた人々を待っていたのは、脳波操作兵器による、甚大な精神被害を受けるという事態であった。

茂野がいる大阪も、外出禁止令がでて、皆、動けない状況となっていた。西日本一帯が、チェド、脳波操作による精神被害が甚大で、収拾がつかなくなっていた。その中、茂野は石崎から聞いていた脳波干渉を防止する装置を自ら作成していた。仕組み的には非常に簡単で、脳波干渉波をかき乱す波長を生みだすために、モーターをつけた帽子をかぶっていた。この方法によると、短時間ではあるが、モーターが生み出す波長により脳波干渉が抑えられるものであった。

茂野が準備を整えている間、九州から西日本一帯は、ほぼ壊滅状態で、人々の死体が横たわる荒野と化していた。神戸一帯も、被害が出始めている状況となったとニュースで報道されると、茂野は、自宅のある十三から、封鎖ラインぎりぎりの尼崎へと移動していた。そこで、チェド、というよりはチェドの中にいるマリカへのコンタクトをなんとか取ろうとしていたのだった。尼崎についてから、1日程度たったころだろうか。茂野が持っていたモバイルが誤作動を起こし始めた。以前、チベット地区でチェドと遭遇した時の反応と同じだった。茂野は、公園のベンチに横たわり、モーターをつけた帽子をかぶった。その時、茂野は意識を失った。

茂野は、しばらく、荒野をふらついている感覚を感じていたが、しばらくすると、人々の怨嗟の声が聞こえ始めた。これも以前、チベットで自分か、チェドの中に入って行ったときに経験したことだった。

(これであれば、あの先に行くとマリカに会えるはずでは。)


そう思ったが、いつまでたってもマリカは現れない。そうしているうちにチェドは、さらに移動をしてしまい。茂野は、マリカに会えずに、公園のベンチで目を覚ましたのだった。

どうして、会えなかったのかは、わからないままであったが、茂野は数回、チェドの中にいるマリカへの接触を図ってみた。しかし、一向にマリカは現れない。チェドは大阪をかなり移動し、此花区の港近辺へと移動していった。そこには、茂野とマリカの思いでの地であるWSJがあった。人々は既にいなかったが、施設は茂野たちが遊びに行った時のまま残っていた。茂野は、WSJで、チェドの中のマリカへの接触を試みる。接触を始めた瞬間、今度は、マリカが茂野の目の前に現れた。二人は、WSJでの楽しかった思い出を語り合う。

そして、茂野がマリカへの思いをきりだす。


(茂野)

「こんな形だけど、やっと君とゆっくり話できるようになったよ。君がいなくなってから、ずっと、君のことを探し続けてきたんだ。高校の頃は、まだシャイで、君にははっきり言えなかったけど、今ならはっきり言える、君が好きだって。」

マリカもWSJへ行ったときに勇気を出して茂野に言葉にして告白できなかったことを告げる。

(マリカ)

「私も、あなたと一緒のクラスになって、ずっとあなたの事ばかり見てきたの。家族のことが心配で、ソ連に帰ってからも、思いだすのはあなたのことばかり。科学を目指したばっかりに、私のやりたくないことばかりやらされてきて、その結果がこうなってしまった。

けど、今あなたと向き合えて、よかった。今なら、言えます。私も茂野君以上に、あなたが好きって。」


そして、二人の意識は、チェドから切り離され、そのままそこにとどまって、幸せの中で茂野とマリカは永遠に包まれることになる。


一方、チェドは怨嗟の念をそのまま引きずりながら、大阪、名古屋、東京へと移動していく。台湾人たちの日本人への怨嗟の念を取り込んでいたため、人々の死体の山が築かれていった。東京まで到達したとき、アメリカからのミサイル攻撃により、チェドに取り込まれた核ミサイルの遊爆が起き、関東一帯は、がれきの山と化した。

しかし、そこで、核ミサイル爆発に巻き込まれた日本人の、アメリカ人への怨嗟の念が生じ、チェドは再び太平洋を越え、アメリカへと渡っていった・・・


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チェド @tmiyauchi

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