中編:スタンド・バイ・ユア・サイド2 ―猟犬達の日々―

 明けて翌日。天候は晴れ。気温湿度、共に良好な午前十時過ぎ。

 内容は変われど訓練……の筈の二人は現在、街中を車で移動していた。

 その車両だが、治安連合らしいパトカーではなく外見は完全に一般車であった。

 二人の服装も制服ではなく、動き易さを優先した私服となっている。

 突発的な休暇……ではなく、業務の性格によるものである。

「はぁーあ……」

 助手席に座るユーナはアンニュイな雰囲気を漂わせながらため息をつく。

 この状況になった原因は今朝、隊長からの連絡で予定を変更されたためである。

 内容はここ数日の事件の増加により人手不足となった捜査課への応援。

 機動課の基本業務の一つらしいが、何にせよ使い走り扱いされて良い気はしない。

「訓練の方がマシだったって顔をしているな」

 それらを理解した上での態度で、アイガイオンが運転の片手間に話しかけてくる。

「軽い扱いを受けて面白く思う人って少ないと思うわよ」

「もっと前向きに受け止めてみるのはどうだ?」

「せめて仕事がオカルト方面だったら、まだ良かったんだけど」

「意外だな。そういうの信じていない人間だと思っていたよ」

 ユーナの言葉に、アイガイオンが感心した様子を見せる。

「アタシ元々は裏社会側の人間よ? 実在するものを信じないでどうするの」

「なるほど。肯定的現実主義者らしい発言だ」

 小さく笑うアイガイオン。

 そんな彼に嘆息をつきつつ、ユーナは依頼された仕事に話題を戻す。

「それにしても、マフィアに話を聞いて回るのってやる意味あるの?」

「あるに決まってるさ。情報収集以外に牽制やアピールって目的とかもあるな。むしろ俺達に回してきた事も考えたら、後者の目的が強いだろう」

「それだけでいいならマリオにやらせたらいいじゃないの」

 外に向いていたユーナの視界に交番が映る。

 出入り口の前には青色を基調とした人型のロボットが二体居て、片方が道を尋ねてきたらしい老婆に受け答えている姿があった。

 その機体――より正確には人型機体の総称が話題に出ているマリオネットである。

 所謂汎用性が高く安価な労働力という代物だ。

 新京基地が採用している機体は低容量ながら自律駆動が行える性能を有していた。

 実際、そのマリオの丁寧は丁寧かつ順調で、単なる聞き取り程度ならば問題無く果たせる様に見える。

 しかし、アイガイオンの意見は違っていた。

「そこは礼儀の面ってやつだ。受ける立場として人間と機械、どっちの方がいい?」

「まあ、人間の方がマシか」

「緊急時の連絡ならともかく、心証が関わる場面で選択が利く所だからな」

「マフィア相手にそこまで配慮しないとなんて、ホント権力無いわね」

 と言ってユーナは憮然とした態度でシートに身を沈める。

 治安連合だが、その権威は西暦時代の日本警察と比べると明らかに落ちていた。

 理由は後ろ盾になっていた国家、政府が消滅してしまったためである。

 加えて社会全体における犯罪に対する意識が『犯さない様にする』から『ばれない様にやる』に変わってきた、という点もあるだろう。

 元々そうだったものがより顕在化しただけかもしれないが。

「もうすぐ着くぞ。俺が対応するから、お前さんは隣で大人しく観察しててくれ」

「アタシをスクリーンにしないの?」

「結構セクハラ受けると思うが、我慢出来るか?」

「うん、頑張ってね」

 状況を想像したユーナは満面の作り笑顔でそう返した。

「素直でよろしい」

 そうして二人は最初の目的地――芸能プロダクションの事務所に辿り着く。

 二人が出向いていて裏が無い訳が無く、あるマフィアの表向きの顔だった。

 ただ、組織としてのサイズは治安連合が注意を払う程ではない。

 何かあれば壊滅はさせられるが、現状動くだけの証拠が無い。或いは潰した後に出来る穴の処理が面倒であるが故に見逃されている程度だ。

 なので建物の内外も相応で中小企業そのものといった様子をしていた。

 入り口を抜け、手近な端末に来訪を告げて暫し待つ二人。

 そこへ担当の者が現れる。

「どうも、新京基地のアイガイオンです」

 アイガイオンが代表してホロウィンドウで身分証を展開しつつ挨拶を行う。

「これはどうも。こっちは篠原です」

 それに対して手を上げて挨拶を返してくるのは若い見た目の男だった。

 染めた金髪と白をベースに派手な柄のスーツに各所に身に付けたアクセサリー。

 それらの要素からしていかにもチンピラ、といった風情の外見であった。

 会話に加わっていればアイガイオンの予想通り口説きやセクハラ発言が混じりそうだと感じながら、ユーナは先程の打ち合わせに従って観察を続ける。

「とりあえず奥へどうぞ。話はそちらで伺いましょう」

「いえ、軽く話を伺いたいだけですので、この場でお願い出来ますか」

 申し出を断り、アイガイオンは話の切り出しへと進める。

 時間もそうだが、重い話をする気は無い意思表示でもあるのだろう。

 男――篠原もそう受け取ったのか軽い調子で頷き、返事を口にする。

「解りました。それでは今日のご用件は?」

「本当は用件ってほどでも無いんです。最近はどうですかってぐらいですよ」

「ウチはまっとうですよ。契約外の事を強要などはしていません」

 大袈裟におどける篠原。

 しかしアイガイオンは付き合う事無く、鋭く切り込む。

「表は穏当にやっているならそれで、こっちが聞きたいのは本業の方です」

「この所大人しくしているハズですが、何かありましたかね?」

「治安面で荒れが目立つので安全のための見回りってやつですよ」

 アイガイオンは両手を上げて飄々と答える。

 この程度の騙し合いは挨拶代わりだ。

 部屋の雰囲気にも変化は無い。精々聞き耳を立てている程度だろう。

「まあ確かに、最近派手な奴が居ますね」

「色々抜きで言いますとそっちで忙しいって訳です」

「仮に騒ぎに乗じたら、対応が苛烈になるって感じです?」

 冗談めかした態度で篠原が尋ねてくる。

「ええ。人手不足を理由に機動課が動く事もありますから」

 対するアイガイオンはその調子に合わせて朗らかに答えた。

「……もしかしてお宅も?」

「こっちもです。なんでやらかしそうな知り合いが居るなら声を掛けて貰えますか」

 面倒が減って助かる、と続けるアイガイオン。

『結構評判あるの?』

『それなりにな』

 ユーナが通信で尋ねると、少々得意げな笑みと共に彼が返してきた。

「あー……、解りました。ところで」

 一瞬反応を遅らせた篠原は作り笑顔をやや引きつらせつつも話題を変えてきた。

「そちらのお嬢さん、ウチで働いてみません? アルバイト感覚でいいので」

 一目見た時から言うつもりだったのだろう。言い方に淀みが無く、熱意が篭っていた。中々の根性と評価しよう。

 しかし返事は一つだ。

「気が向いたら改めて挨拶させて貰いますよ。では失礼します」

 用意しておいた返事を使い、ユーナは踵を返す。

「あっと、まあいいか。それじゃよろしくお願いします」

 済ませるべき事は終えていたので、アイガイオンも軽い挨拶を行い後に続く。

 そうして二人は事務所を去り、車へ戻る。

「正直思った事言っていい?」

 シートベルトをつけつつ、ユーナは尋ねる。

「何だ?」

「アタシのナリでこういう聞き込みとか、絶対向いてないわ」

「俺も思う。子供とか相手に交通安全講習してる方が似合うよな」

 車を発進させ、敷地から離れつつアイガイオンは言った。

「それ、サイズ的にって事?」

「和やかな雰囲気が似合うって方さ」

「まあいいわ。さっさと次行って終わらせましょう」

 飄々とした調子のアイガイオンに向けてユーナはため息をつき、手を振った。

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