04 信奉する男

「――だいたいこんな事がありまして」

 男はこうなるまでの話を終えた。

「テレビがあるんですよ」

 頭を指差す男は哀れで、滑稽だった。

「……あのですね」

 どこから説明してやれば良いのか、考えるだけで嫌になる。

「残念ですが、ここはあなたの望むような場所ではありません」

 何を言っているんだと、そんな顔をされた。

「ここは病院でしょう!」

 声が大きい。

「確かにここは病院ですが……」

 残酷な真実だろうが仕方ない。

「あなたに必要なのは別の病院です」

 頭を指差しながら言った。言ってしまった。さすがに自分でも失礼とは思ったがもう遅い。

「頭にテレビがあるって本気でおっしゃっているのですか? そんな馬鹿げた話を信じるわけがないでしょう」

 さらに追い詰めてしまう。

 男は震えている。

「あなた医者でしょう! なんとかしてくださいよ」

 そう言い放ちながら、急に立ち上がる。パイプ椅子が軋みながら後方へ倒れる。畳まれた。いきなり立ち上がる人間には慣れているが、そういった人間がいつ立ち上がるか、まるでわからない。男を見上げる。顔が真っ赤だ。これはいけない。

 そこへ怒声を聞いたのか、いつもの看護師が来た。

「ちょうど良かった。キミ、この人をお医者さんのところへ連れて行ってくれないか」

「あらどこかにお出かけするんですか?」

 微笑み、いや嘲笑だ。間違いなく。私は注意する。

「ふざけるのはやめてくれ。私は医者だぞ」

「これは失礼しました。それでどこか痛むんですか?」

 これだから最近の若者は……。しかし私はそれを言うことなく、紳士に対応する。

「いや、彼がね。頭にテレビが入っているというんだ。ありえないだろう。だから、連れて行ってやってくれ」

 彼女は指示をよくわかっていないようで、私と彼を見てあたふたしている。これには温厚な私も耐えられなかった。

「とにかく! 彼を連れて行ってくれ。私はすこし仮眠するから」

「わかりました。先生に相談してみますね」

 ベッドに横になる。目が霞む。とても疲れた。寝よう。すぐに意識が朦朧としてきたが、思い出した。

「あと珈琲がもう無いんだ。補充しておいてくれ」

 返事があったかわからない。私は眠った。


 目が覚めると、この白い部屋には誰もいなかった。伸びをしつつ、戸棚を開けると、珈琲があった。

 ベッドに座り、テレビのリモコンを探した。だが見つからない。いや、そもそもテレビが見当たらない。

 どうしてなのか。すぐに看護師を呼ぶ。

「どうされました? 

 テレビがなくなったといつもの看護師に説明した。

「ああ、それなら昨日、持っていっちゃいましたよ。先生が良くないとおっしゃっていたので」

 言っている意味がよくわからない。困惑していると――視界に浮かんでいた。



「ああ、そうか」

 はい? と看護師が問う。

「ここにある」

 一体どこにあるのか。

 ごつごつとして皮が剥けている指の先には――

「テレビが」

 男の頭がある。

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