第3話 川田マリの不満。
自分の父親がどうも仕事を休んでいるらしい。
高校生の自分と50歳のおじさんと言われる世代は、家族関係でもない限り会話をすることも無いのではないか。いや家族であっても父親と言葉を交わしたのは今年の正月が最後くらいだ。
もうすぐバレンタインデーで、マリは友達であるチカやヒトミと手作りチョコレートを作る予定だ。土曜日の夕方にショッピングモールへ材料を買い出しに行こうとしたその時、母の襟子が険しい表情で話しかけてきた。
「何、ママ。これからチカたちと出かけるんだけど」
「パパがね、しばらく仕事を休むことになったの」
「へえ、そうなんだ。具合悪いの」
「今日、病院へ行ったらウツ症状だって言われて・・・」
言いながら襟子は泣いている。
母親の涙など、久しぶりに見たマリは少し驚いた。この前はいつだったけ。そうそう、韓流のドラマを見ながらずっと泣いてた時期があったな。
しかしどうやらそういう種類の浮かれた涙では無いらしい。
「お給料が減るのよ。だからあなたも無駄遣いしないでね」
「はあ、小遣いが無くなるわけ」
「わ、わからないけど・・・」
マリはとりあえず、待ち合わせの時間があるからと襟子の話を遮って家を出た。
給料だなんだと、あまりに生々しい話を高校2年生の自分にいう母親。父親よりよほど気持ちが病んでるのじゃないか。そういえばとマリは気が付いた。
「ママって一度も働きにでたことないからなあ」
父の働いている収入だけで生計をたてているわりには、母は金遣いが荒く感じる。この前の年末も友達4人でハワイに出かけている。ちょっとどうなのかと思ったがそれも長く考えるには至らなかった。
母が留守中の父だけの家で過ごす気はさらさらなかった。冬休みに入っていたからヒトミと一緒にチカの家で一週間、過ごした。妹のサエは、何のもの好きか父と過ごしていた。
「どうかしてるよね。あんな面倒くさいおじさんと二人で過ごすなんて」
思春期、反抗期が荒れ狂う河のように、マリの前にも悠々と横たわっている。
鬱陶しい、何だか加齢臭までしてきそうな自分の父親。かと言って一度も声を荒げて叱られたことも、ましてやぶたれたこともない。なのにこのどうしようもない嫌悪感と距離感は何なのだ。話もしたくないし声も聞きたくない。
ふとある時、中学3年生のサエにパパと居て平気なのかと尋ねたことがあった。サエは
「お姉ちゃんみたいにパパを嫌ったり避けたりするほうがわかんない。何か言われたり怒られたりしたのなら別だけど」
ああ、サエはまだ子供なのだ。自分も子供だけれど親に対して、特に父親に対してどうしようもない違和感を抱えてしまっているぶん、自分はサエより大人なんだと言い聞かせてみる。何の根拠があるわけでもないけれど。
「はあー、面倒だなあ。入院でもすればいいのに」
ただでさえ顔を合わせたくない人間が、これからしばらくは一日中家に居るのだと思うだけで気が滅入る。
「ウツって何。仕事をさぼる口実なんじゃないのかな」
内臓を病んで手術をするわけでも、手足を骨折したわけでもないのに仕事を休むってよくわからない。チカ達との待ち合わせ場所に行こうと焦るのだけれど、わからないことが多すぎて、自転車のペダルが重い。チカ達は何というだろう。いや、しばらくは黙っておこう。父親が仕事もしないで家にいるなんて、恥ずかしくて言えない。
「マジで入院してくれって思うよ」
半ば舌打ちでもしそうな独り言を呟きながら、マリは待ち合わせ場所へ急いだ。
旦那様は小学4年生。 原口 凛 @sadboys99
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。旦那様は小学4年生。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます