第2話 川田襟子の悩み。
「どうしよう、パパ」
病院から帰宅するタクシーの中で襟子は何度目かの同じ言葉で話しかけた。
「どうしようって・・・仕事は休むって決めたんだから」
病院へ行って具合が少しでも良くなると期待していたのに、この状態は何なのだと思う。正樹は襟子の持って回った言い方にいい加減、とても腹立たしさを感じ始めていた。こんな事なら今日は家で寝ておきたかった。
「お給料、減っちゃうのよね」
「まあそうだろうな」
「住宅手当は貰えるのかしら」
正樹の勤める市役所では、給与とともに通勤手当、扶養手当、住宅手当などが支給される。賃貸マンションに暮らす正樹にも家賃のに対して30,000円弱の手当がつく。薄給の公務員にとっては、細目にわたって毎月支払われる手当もバカにできない。
いや、襟子は完全に当てにしているのだ。
そう、襟子が当てにしているのは正樹の存在ではなく正樹が毎月きちんと受け取る給料だ。正樹が体調を崩す前にも、襟子のママ友と電話で声高に話しているのを聞いたことがある。
「そうなのよ、公務員のいいところって倒産しないところよね。給料はなかなか上がらないのだけれど」
うんざりするほどの電話での長話が済んで襟子がおもむろに話しかけてきた。
「今の電話の彼女のご主人、子会社へ出向なんですって。お給料が今までの三分のニしか出ないらしいわ。まあバブルだ、何とかミックスだとこの間まで景気良さそうだったのにね。民間はこれだから、怖いわよね」
「公務員だって楽じゃないさ。命を削って働いているのはかわらないんだから」
「まあやだ、パパったら。大袈裟ね。パパはこの前の健康診断も経過観察だけだったじゃない。健康なんだから大丈夫よ」
何が大丈夫なものか。
体調を崩してしばらく休むとなると、すっかり顔色を無くしている妻をみていると自分の事ながらそれ見たことかと言いたくなった。
「早々には給料も無くならないさ。三か月くらいは今の金額で出るらしいから」
それに、と正樹は襟子に確かめるように言った。
「それに貯えも少しはあるんだろう。何とかなるさ」
「・・・わけ、ないじゃない」
襟子がいきなりぼろぼろと涙をこぼしながら言う。
「あなたのお給料で貯金なんかできるわけ、ないでしょ」
「貯金が無いって」
じゃあ、あのハワイ旅行はどうなってたんだ。襟子が友達3人と出かけた時の旅費はどこから出てきたんだ。
新しい洋服、靴、デジタルカメラ、スーツケースは旅費と同じくらい金を遣って新調したんじゃなかったのか。
お前が週に一度は友達と出かけるフランス料理のランチはいくらなんだ。俺は毎日400円そこそこのコンビニ弁当だぞ。襟子がきちんと貯金したうえで遣うのならとかなりの出費は大目に見てきたというのに。
挙句に貯えが無いというのか。
襟子はグズグズと泣くことをやめない。病人である夫に対して不満ばかりをまき散らしている。
正樹はもう家にさえ帰りたくなくなってきた。
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