「目立ちたくない俺ツエー主人公」になってみたかった

さいとうさ

ええから早よ行け


 日本のあるところに、強い願望を心に秘めた男が居た。


 俺である。


 高校サッカー全国大会準決勝当日、交通事故に巻き込まれて死んだスタメンの男がいた。

 俺である。


 意識が薄れる中、チームメイトに謝りながら、優勝するって約束したんだと、生きたいと、まだ死ねないと、心で叫んだ男がいた。俺である。

 未練たらたらで死んだ彼を哀れみ、「願いを叶えましょう」と言った女神がいた。

 その女神を前にして、突然願いの内容を変えた男がいた。



「チートを下さい。そして異世界に転生させて下さい」

 と。



 俺である。



 「話が違う」と涙目で慌てる女神に対して、「ん? 願いを叶えるって言ってましたよネ? 神様ともあろう方が話を撤回するんですカ?」と煽りに煽った男がいた。


 俺である。


 「目立ちたくない俺Tuee主人公」に成ってみたいが為に、転生後の人生を全てつぎ込んでその計画を達成せんとした男がいた。


 ただその目的のために、赤ん坊の頃から魔法を覚え、ひたむきに勉強し、父親について剣術を習い、体を鍛え続け、礼儀作法を完璧にし、家庭教師に稀代の天才だとべた褒めされても慢心する素振りすら見せず、貴族も平民も平等な実力主義の魔法学園に入学した男がいた。


 俺である。


 衛生関係が気に入らず、親の領地経営に口出しし、農業に革命を起こして資金を稼ぎ、トイレや水回りを徹底的に清潔にした綺麗好きがいた。これは寄り道であったが、俺である。


 魔法学園の入学式、校門の前で決意を新たにする、天才新入生がいた。


(俺は……「目立ちたくない」とか言って実力を隠そうとするが、徐々にボロが出たり困ってる女の子をほっとけなかったりして徐々に有名になり、最強でありながら「俺なんてまだまだだよ」とか苦笑いして謙虚な姿勢を見せる系の主人公に、なる!!)


 俺である。



────────



 俺の目の前を横切る、一本のライン。

 これは魔法学園の敷地の境目。校門である。

 一歩踏み出せば、そこはもう魔法学園だ。

 俺にとっては念願の瞬間である。

 この学園でラノベの主人公のように成りたいが為に、十五年という歳月を費やした。

 十五年、ただこの時を思って、きつい鍛錬も乗り越えてきた。

 魔力枯渇の頭痛にも耐えた。

 クソ細かいところまで決められているマナー作法も完璧にした。

 貴族に見られないよう、一般的な平民の服装を調査し、その中でも特に平凡っぽく見える服を厳選した。

 なんか平凡で弱く見えるが、よく見れば格好いい髪型を、屋敷のメイドと話し合った。

 実力者がじっくりと観察すれば、只者じゃない、と思わせるような足捌きを研究した。

 その努力の実るときが、ついに来たのである。


 俺の転生後の人生は、これのみに捧げた。

 ならば、俺の真の異世界生活は、まさに今ここから始まると言っても過言ではない。

 この一歩から、俺の新しい人生は始まるのだ。

 さあ、その一歩を踏みしめろ。

 今の気分は、月面着陸に成功したアームストロングである。

 この一歩は、小さな一歩であるが、俺の人生にとっては大きな一歩である。

 興奮が収まらん。心臓が鳴り止まない。

 俺は右足を上げ……その一歩を……


 ……くそ、どうした。どうしたと言うんだ俺の右足!

 震えているのか、緊張しているのか。

 どうした、怖じ気付いたのか。

 自信を持て、俺の右足。ビークール。

 この日のために、最善の努力は尽くしただろう?

 恐れることはない。

 まだ序章の序章に過ぎないのだ。

 ……よし、震えは収まった。

 そして俺は右足を上げ、その一歩を……


 ……まて、アームストロングの最初の一歩は、右足であったか?

 俺は踏み出そうとしていた右足をゆっくりと元に戻す。

 落ち着いて、朧気な記憶を思い出せ。

 ……くそ、この世界にきて勉強を詰め込んだ為に、前世の記憶が曖昧な所がある。

 まさかこんな落とし穴があるとは……。

 だが、微かに思い出してきた。

 そうだ。アームストロングの最初の一歩は、左足であった筈だ。

 彼に敬意を示し、俺も左足を最初に踏むべきでは無かろうか。

 気分は月面着陸。

 俺は人類に偉大な飛躍をもたらした宇宙飛行士アームストロングの気持ちになって、その左足を……


 まて。

 本当に準じて良いのか?

 俺のこれからの人生を決める最初の一歩を、偉人の真似事で終わらせて良いものなのか?

 仮に他人にとって馬鹿らしい行動であったとしても、俺のこの人生の目標は、少なくとも俺にとっては尊大で困難な道のりなのだ。

 俺の唯一の道。

 ならば、あえて偉人の道を外し、逆に右足を踏み出そうではないか。

 俺は左足を戻し、ゆっくりと右足を……


 まて。

 俺の唯一の道とは言え、俺の目標自体はパクリなのでは無いか?

 ラノベの主人公のようになる、というのは、実在はせずとも、その道を真似る事に他ならない。

 言わば、俺の人生は物真似でできているのだ。

 こう考えてみれば、妙にダサく思われる。

 だが、俺は女神の前で選択した意志をねじ曲げるつもりもないし、恥じるつもりもない。

 ならば願掛けという意味を含めて、その序章をパクリで始めるべきではないか?

 そうか。そうかもしれない。

 そもそも偉人の逆の道を行くなど、結局は偉人の道に捕らわれているだけである。

 いっそ開き直り、彼の道の通りに、左足で最初の一歩を始めるべきだ。

 ようやく決定した。

 俺は右足を戻し、左足を上げて最初の一歩を……


「……ねぇ、あの人、ずっとあそこで何やってんの」

「バカ、聞こえたらどうすんの?」


 女子生徒の声が耳に入ってきた。

 小声で会話をしているようだが、鍛えられまくった俺の聴覚ではバッチリ聞こえている。


「……さっさと行けばいーのに」

「遅れちゃうよ、ほら。早くいこ」


 勝手なことを言いやがって。

 そりゃあ、君達にとっては軽い一歩なのかもしれない。

 本質は魔法学園で何をするかであって、校門の前で往生することに、意味を見いだせないのは理解できる。

 だがそれは、あくまで彼女達と俺の、人生の重みの違いと言っていいだろう。

 きっと彼女たちは、目標を抱いて人生を送ってきたのではないのだ。

 哀れなことである。

 そんな彼女達に、十五年この瞬間に費やした俺の気持ちが、分かってなるものか。

 だが、彼女達は余計なことをしてくれた。

 ここで俺が一歩を踏み出してしまっては、彼女達の発言を聞いて、恥ずかしくなり焦って踏み出したようではないか。

 例え彼女達が小声で話していて、俺に聞かせるつもりが無かったとしても。

 このまま往生する事に意味がなかったとしても。

 たまたまタイミングが悪かっただけなのだとしても。

 これは俺の問題なのだ。

 俺が自分自身を許せるのか。

 別に、プライドとかそういう話をしているわけではない。

 俺はプライドを持たないことに誇りを持っている。

 だが、それとこれとは話が別だ。

 俺の人生の初めの一歩を、彼女達に急かされた形で踏み出してしまっては、きっと俺は後悔することになる。

 やりきれない気持ちで満たされるだろう。

 それは気分的にも宜しくないし、これからの重要な学園生活にも支障を来す事となる。

 ではあえて、時間を少々置いてから、決意をもう一度して踏み出すべきだ。そうに違いない。


キーン……コーン……カーン……コーン……


「な、何ぃ!」


 思わず声が漏れてしまった。

 動揺を隠せない。

 今のは入学式の始まる十五分前に鳴るチャイムだ。

 そして入学式の入場準備のため、余裕を持って十五分前に集合するように、と魔法学園から言われている。

 勿論俺はそれを承知していて、予めかなり余裕を持って、具体的には三十分前には、校門に来たのである。

 つまり、俺は校門で最低十五分は時間を潰していたことになる。

 まさか時間感覚をわすれるほど、自身の思考に没頭してしまうとは、誤算であった。

 そりゃ、十五分も校門前で動かない生徒が居たら、訝しむのも当然である。

 名前も知らぬ女子生徒達に、俺は心の中で謝罪した。


 そして、何よりの問題がある。

 俺はこのチャイムに驚き、不用意に足を降ろしてしまったのだ。

 左足は、ラインに少しはみ出していた。

 ここから、左足を下げ、もう一度踏み出すことも出来る。

 だが、何度も言うが俺が許せるかという問題なのだ。

 果たして無かったことした後の一歩が、始めの一歩といえるのであろうか。

 俺は自答する。否である、と。

 月面着陸の瞬間、転けてしまった宇宙飛行士を幻視した。

 俺は最初の最初で、最悪の失敗をしてしまったわけである。

 まさか入学前にこんなジャブを放ってくるとは……

 侮り難し。

 恐るべし魔法学園。

 俺は魔法学園を親の仇でも見るように、睨み付けた。



 誰も周りにいないことを確認した俺は、そっと左足を元の位置に戻すと、「最初の一歩」と小声で呟きながら左足を踏み出した。


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