Nevertheless
信号機姉妹と入れ替わるようにやってきた少女について言うならば、ただ場違いの一言に尽きる。この闖入者の存在さえなければ、ぼくらはそのまま二人きりの世界に閉じこもっていたと言っても過言ではない。だが彼女の登場によって、ぼくらはついつい手を離して身構えてしまったのだった。緊張感漂う薄暗い丁字路。蒼白い電灯に照らされると、蝋人形の館から出てきたようなたたずまいがおぼろげに浮かび上がってくる。まるで死人に行き会ったかのような印象だったが、その頭につけている大きなカチューシャにはどこかで見た覚えがあった。
「ご心配なく。お二方の睦まじい仲を引き裂こうというつもりはではないので」彼女は優雅に一礼して言った。「ただし、見本さんがそれを望んでいるのであれば話は別になりますが」
「だ、だれ……? 知ってる人?」
ユキが不安そうなまなざしを向けてくる。ぼくでさえ、先を見越したかのような登場の仕方には驚くしかなかったほどだ。とはいえ、ずっと物陰から観察されているような気配を感じていたところではあった。ぼくはユキの前に進み出て、相対する少女に向かって言う。
「かりん、だったよな。さっきからこそこそと後をつけていたのはおまえか。ちょうどいい。ぼくも話をつけようと思っていたところなんだ。どうせおっさんの使いか何かで来たんだろう? しかしその様子を見ると、どうやらひきこもり癖は直ったみたいだな?」
「ひきこもりとは誰のことですか?」かりんはくすくすと笑っている。「わたしがわざわざ出向いた理由はほかでもありません。
「帰還、だと……?」
やはり、この世界が歪な時空であることは彼女も理解しているようだ。かりんはあの屋敷に住んでいる爾在さんの養子――MAYUについても何か知っているにちがいない。これは吉報と受け取っていいのだろうか? いや、仮に彼女がなんらかの情報を持ってきたのだとしても、今まで泳がされてきたぼくはほとんど騙されていたようなものだった。その点ではあまり信用できない。それに加えて、彼女の目はどう見ても友好的な態度ではなかった。
「いつぼろが出るのかと思いながら眺めていました。ですがもう充分でしょう。嘘の上に嘘を重ねるような関係は、終わりにしたくないですか?」
「よせ、妹の前だぞ。やっぱり今は聞きたくない。屋敷にはそのうち行くから、おっさんにはそう伝えておいてくれ」
「美しい兄姉愛ですね」とかりんは皮肉のこもった眼差しで言った。「それだけに残念です。この喜劇の幕切れをお伝えしなければならないことが」
ここでかりんの意図はおおよそ掴める。これから彼女はユキの前でこの世界の隠された真実を暴き立てようというのだ。しかしそんなことをぼくは望んでいたのではない。たった一部とはいえ、ぼくの中にはもうこのままでいいと思いかけていた部分がある――この夢が終わらなければいい、一生〈繭〉から出なくてもいいと、今一瞬思ってしまっていたのだ。
「ねえ、ケー兄……なんの話してるの? その子は……?」
ユキの視線はかりんとぼくとの間を行ったり来たりしている。その困惑しきった表情を見て、ぼくの心は少し痛んだ。ユキには何も知らないままでいてほしい、知るのは自分一人でいい、そう考えるぼくのほうこそ、本当は欺瞞に満ち溢れているのではないかと。そしてかりんは、その皮の最も薄い部分を引き剥がすことに対する躊躇がまるでなかった。
「あなたは」と、かりんがユキに向かって言い放つ。「見本さんの本当の妹ではありませんね」
「え……?」
たった一言、それだけで、恐れていた事態が現実になった。かりんがずいと前に出たぶん、ユキはしなしなと後退を余儀なくされ、その足が水溜りを覆っていた薄氷の膜を割る。
「ち、違う……」ぼくは咄嗟にユキの腕を捕まえた。その場を取り繕う言葉を探した。「違うんだよ……」
だがこちらの気持ちとは裏腹に、ユキは軽いパニックを起こしてか、反射的にぼくの腕から逃れようとする意思を示した。大きく見開かれたその瞳は悪い気にあてられたかのように茫然自失となって、ぼくの肩越しにかりんの姿を凝視している。
「なぜ、嘘をつく必要があるんですか?」かりんが背後からさらに畳みかけてくる。「これ以上隠し立てをしても不幸になるだけですよ。もうわかっているんでしょう? あなたが専心している物事は、単なるままごとでしかないんです。そろそろ正体を明かしてはどうですか?」
「黙れ!」思わず振り返って一喝した。「元はといえば、全部おまえらのせいだろうが! おまえらが〈繭〉の中にぼくを閉じ込めなければ、こんなことにはならなかったんだ! それなのにどうして今さら全てを否定するようなことを言う? 邪魔をするなら帰れよ!」
「な、なに、なんなの……? やだ……ケー兄、こわいよ……」
あまりにも気勢を張りすぎたためか、ユキはびくりと身を引きつらせ、じりじりと後ずさりしながら、怯えたような眼差しを向けていた。それに対して、かりんは一歩も退かずに意味深な笑みをたたえながら「言われなくとも」と語気を強める。
「邪魔者は早晩のうちに消えますよ。見本さん、あなたはいくつかの点で誤解されているようですね。わたしがこう言ったぐらいで壊れてしまう間柄など、所詮その程度のものでしかなかったということです。それと、そこにいる妹ですが、あなたを騙していますよ。そいつは小賢しい雌豚です。人の形をした化物ですよ」
ひっ、と小さな悲鳴が上がった。
「もうやだ……やだよぉ! うわああああああん」
「ユキ……!」
だっと駆け出したユキを止めることはできなかった。……咄嗟に後を追おうかとも思ったが、今は怒りでそれどころではない。ぼくはかりんに向き直って言った。
「おい、今の発言を取り消せ。さもないと容赦しないぞ。騙しているのは、どうせおまえのほうだろう? おまえの正体は何者だ? おまえには人の感情がないのか? いったい何の目的があって、ぼくらの心を揺さぶろうとする?」
かりんはユキがその場から消えたことで白けたように佇んでいる。消えかけの電灯に照らされながら。
「……人の心など、三次元的には脳神経の電気信号、四次元的には話素の運動に過ぎません。心あるところに話素あり、話素あるところに心あり。所詮はMAYUの編み出した幻想の産物――すべては移り変わる自然界のあくびでしかないのですよ。わたしも、あなたがたも」
「人間を語れるほどおまえは世の中を知っているのか」
「落ち着いてください、半人前の見本さん。わたしの目的は先刻申し上げた通りです。この終わりのない夢の世界をもう一度捨てていただく。その方法を、あなた自身も探していたところではないのですか?」
確かにそうだ。ぼくは反省せねばならない。この世界の出口を探していたはずなのに、気づけばまったく真逆の道へ行こうとしている自分の立場を。
「けど……」
即座に覚悟をきめるには、ぼくはあまりにもこの世界に肩入れしすぎてしまっていた。それはユキがぼくを想う気持ちが間違いなく本物であることを確かめてしまったせいかもしれない。
だが、かりんはそんなぼくを急かすように言い放った。
「残念ながら時間がありません。あなたが自分を保っていられるのも今のうちですよ。これが最初で最後の機会です。あなたが夢に喰われてしまう前に、あるべきものはあるべきところに帰さなければなりません」
「……どういうことだ?」
「この世界は滅びを免れない運命なのですよ」
その言葉にぼくは息を呑む。
……予感はしていた。
この世界は、かつてぼくが海に棄てた小説の世界だから。
誰にも読まれることなく没した物語は、滅ぶしかない。
たとえそこに生きている人間がいたのだとしても。
「あなたの幼馴染さんは死にましたね」
ぼくは首を振った。
「……だけどそれは、小説の中での出来事だ。アキという人間は、もともとこの世界には存在しなかったんだ」
「またそうやって、目を背けようとするのですね。何度繰り返せば気が済むのですか。彼女は死んだんです。あの日、落雷によって。あなたはそれを正しく受け入れることができなかった。だから心に殻をつくり、そこに閉じこもっているんです。ユキという偽りの家族とともに」
耳を疑うような言葉だった。
「……なにを言っているんだ?」
「あなたは分裂した二つの時空の狭間に囚われていると思い込んでいる。けれどそれらは、もともとは同じ一つのものだったんです。時空の歪みは、あなた自身の心の歪みが生み出したものなんですよ」
ぼくの頭の中はあの日飲んだカフェラテのように質問と答えが混ざり合い土石流のようになっていた。彼女の話す言葉の意味がわからない。身体が理解を拒んでいた。
「それじゃあ、おまえはあの出来事が夢ではなく現実だったとでも言うのか? ありえない。だいいち、ぼくをこの世界に閉じ込めているのはMAYUのほうじゃないのか。夢を小説にする装置だかなんだか知らないが、ぼくの本当の身体はあの中で眠りこけていて、本来ならとっくに目覚めているべきなのに、物語が終わらないからいつまで経っても現実に帰ってこられない、そういう話なんじゃないのかよ?」
かりんは表情を全く変えずに言った。
「……それでは、物語が終わらないのはなぜだと思います?」
「なぜって、そりゃあ、ぼくが〈繭〉の中に閉じ込められているから……」
あっ、と声が出そうになる。
物語が終わらないから〈繭〉の中から出られない。
〈繭〉の中から出られないから物語が終わらない。
……思考が循環している?
なにか、前提が間違っていたのだろうか。
そう考えはじめたぼくの脳裡に、ふと、あの爾在さんの言葉がよみがえる。
――本来、物語に自然な完成というものはありえないのではないか、あるとすれば、それは人の手で強引に姿をねじ曲げられた結果ではないのか……
いや……。
だとしたら……。
「事態はそう単純ではないのですよ、見本さん。そもそもあなたの考えている『現実』というものは常に相対的なものなのです。あなたは二つの時空を比較してより次元の高く見えるものを現実とみなしているに過ぎません。けれどもそれはだまし絵の中で無限に階段を上っているのと全く同じことなのですよ」
そうなのだろうか。
確かに、自分の思考が混乱している自覚はある。それは、ぼくの頭の中に二つの時空があるからには、どちらかが現実で、どちらかが夢でなければならないと考えていたからだ。言い換えれば、二つの時空が存在すると考えていることが混乱の原因になっている。
だが、ここでは夢―現実という対立関係そのものが、意味をなさないのかもしれない。この小説は――小説だと仮定するなら――少なからずメタ的な要素を孕んでいる。それはつまり、ぼくの考えている現実すらも、物語の一部に取り込まれている可能性があるということだ。
「一応、話を戻しましょうか。あなたの幼馴染さんは、この時空には存在しないことになっています。というより、あなたの心の中の、幼馴染さんに関する記憶が欠けているのです。そう、まるで何かに食べられてしまったかのように。でも、あの世界そのものは事実として実在していた――あなたはそこで、自分の小説を受け取ったはずです」
「そうだ……ぼくはあのとき目にしたはずだ、この世界がひとつの小説になっている姿を……。もしそれが限りなく現実に近い何かだというなら、この物語はすでに語り終えられているはずなんだ。……つまり、どこかにあるはずなんだ、この世界の出口が……」
「ええ、そうです。ですから、あなたはこの物語を終わらせねばならない。それはあなたが、あなた自身へと還るために必要なことなのです」
かりんは眼差しでなにかを語ろうとしていた。だが、ぼくにはその意図がいまだに読めない。
「……わからない。いったいぼくになにをさせようというんだ? 世界が滅ぶと言い出したり、かと思えば突然ぼくの幼馴染の話を持ち出してきたり……さっきからおまえの言葉は、ぼくをさらに混乱させるためのもののようにしか思えない」
「では、頭のできの悪い見本さんにもおわかりいただけるように、この世界の『設定』をお話ししましょうか」
ぼくは黙って氷結した路面に目を落とし、続く言葉が放たれるのを待った。
「問題はこうです。あなたは自分の小説を受け取ったその時点で、装置としての〈繭〉からは出ている。にもかかわらず、あなたは自分の書いた物語の中に囚われ続けている。そこには別の原因があると考えるべきです」
思わず視線を上げ、かりんの目を直視する。
「待ってくれ。ぼくはすでに〈繭〉から出ている……? ということは、ここは〈繭〉の中ではないのか?」
「それが通常の論理になりますね」
ぼくは一瞬言葉を失い、ぽかんとその場に立ちつくす。
彼女の話が真実なら、今まで立てられてきた前提がすべて覆されることになる。
「いや……それはおかしい。だってこの世界は小説の中なんだ。そしてその小説は〈繭〉の中で書かれたものなんだ。だったら普通に考えて、ここは〈繭〉の中のはずだ。そうに決まっている」
しかし、かりんは首を横に振るだけだった。
「確かに、この世界を最初に形として作り上げたのはMAYUだと言っていいでしょう。世界はMAYUという一箇の脳によって思考されている、と言っても過言ではありません。しかし、それはあなたの脳でもあるのです。〈繭〉は人間の脳を使う装置。MAYUというプログラムは、あなた自身が想像しうるものしか創造しません。つまり……わかりますね?」
かりんの言葉は、もはやほとんど耳に入らなかった。ぼくの思考は一定の傾きを得て、みずから深淵へと沈んでいく。
「もしかして……」とぼくはおそるおそる口にする。「この夢の世界は、かつて〈繭〉の中で創り出された世界を、ぼくの脳が再現しているものなのか……? 自分でもそうと気づかないうちに……」
それは考えうるかぎりで最も病的なケースだった。
だが、そう考えることで辻褄は合う。合ってしまう。
この世界は、MAYUがぼくの脳を使って創り出したものだとも言えるし、ぼくの脳が〈繭〉を使って創り出したものだとも言えるが、結局のところぼくの脳に依存していて、原理的には、そこに〈繭〉が介在する必要などなかったのだ。たとえばぼくが〈繭〉から出た後であっても、ぼくが望みさえすれば、この世界という一箇の夢を再生することはできる。
つまり、ぼくは〈繭〉の中に閉じこめられていたのではない。
むしろ、ぼくは自分で作り出した〈繭〉の中にみずから閉じこもっている……。
「ようやく話が呑み込めてきたようですね」
呑み込めてきたわけではない。むしろ呑み込まれてしまいそうだった。
「じゃあ、狂っているのは、ぼくのほうだったというのか……? この狂った世界は、ぼくが一人で作り出しているものだったのか……? いや……そんなはずはない。ぼくはこの世界に閉じ込められているんだ。自分では制御できない、なんらかの力によって。そうでなければ、ぼくがここから目覚められない理由がない――」
「ですから、そこには別の原因があると言ったんです」
「別の原因だと?」
「あなたは確かに狂っている――しかしそれは、人を狂わせるなにものかがあなたの心に潜んでいる、と言い換えることもできるわけです」
「……なにが言いたい?」
かりんは少し考えるようなそぶりを見せ、それからおもむろに口を開く。
「いつだったか、《夢喰い》の話をしたことを覚えていますか」
「《夢喰い》……?」
ぼくの意識の上に、あの屋敷の庭での記憶がおぼろげに浮かび上がる。あのとき、かりんは竹箒で枯山水を描こうとしながら、ぼくにこう話していた。人が夢の記憶を忘れることができるのは、もしかしたら貘のおかげかもしれないと。
「以前お話ししたように、人の心は話素という四次元的な物質によって成り、また心のはたらきが話素を生み出します。このことから、話素はそれ固有のエネルギーを持っていると考えられます。しかし観測した結果、多くの話素はその固有のエネルギーを放出せずに消滅してしまうことがわかりました。これは物理学的に言ってありえないことです。なので、この結果を説明するための新たな理論を導入する必要がありました。こうして想定されたのが、《夢喰い》とよばれる、意思をもつ五次元的な存在です」
「《夢喰い》……そんなものが実在するというのか」
「ええ、この世界では」彼女は息を溜めるようにして言った。「《夢喰い》とは簡単に言えば、人の心に寄生する生き物のことです。寄生、と言っても本来は悪い意味合いではありません。そこには腸内の菌類とわれわれとのような深い共生関係があります。話素を吸収し、自らの糧とする《夢喰い》には、人の想像力が過剰にならないよう抑制するはたらきがあるからです。《夢喰い》のおかげで人は現実を夢と混同することなく生きることができ、人が話素を生み出すおかげで《夢喰い》は育つことができる――」
「つまりそれはほとんど身体の機能の一部で、悪い生き物ではないということか」
しかし、とかりんは語を区切る。
「肥りすぎた《夢喰い》は、ときにその宿主をも喰らって自らを増幅させようとすることがあります。そうした悪性の《夢喰い》は、人にとって全く逆の作用をもたらすことになります。増長した《夢喰い》に浸食された脳は、《夢喰い》にとって居心地の良い夢を生産するための培養装置と化し、非現実の中に閉じ込められてしまいます。それは人の心が喰らい尽くされ、最終的に新たな話素を生み出さなくなるまで続きます。つまり、これは死に至る病なのです」
と言って、かりんはぼくの目を見た。まるでそれがぼく自身の問題であると言わんばかりの瞳で。
「まさか……こういうことなのか? ぼくはその《夢喰い》とやらに脳を操られていて、それが原因で、夢から覚めることができなくなっている……」
かりんはゆっくりと頷きながら言った。
「あなたの中には、自分の作り出した夢が、自分自身をも取り込みつつ膨脹しようとしている感覚があるはずです。たんなる現実の附属物でしかなかった夢が、いつしか現実に侵入し、現実それ自体に取って代わる、そういう逆転現象が起ころうとしているわけです。それはあなたの脳が、すでに《夢喰い》に蝕まれているということにほかなりません」
……それがぼくを完全な物語の登場人物に変えようとする圧力のことを指すのなら、過去にぼくは感じたことがあった。ぼくはなんとかそれに抗いながら、こうして自我を保っている。逆に言えば、今のぼくという存在は、自分はこの世界の本来の住人ではないという意識だけでかろうじて成立しているようなものだろう。
だがこの状態が長く続けば、いずれは押し負けてしまう予感がする。彼女が言っているのは、きっとそういうことだろう。ぼくはぼくの作り出す夢の世界と完全に同化しつつある。この感覚がなくなるとき、自分がどうなってしまうのか、ぼくには想像もつかない。
「整理しましょう。あなたはとうの昔に〈繭〉から出ている。しかし同時に、悪しき《夢喰い》による抑圧のために、歪んだ現実しか認識できなくなっている。ならば、この夢から覚めて真の現実に帰還するために、あなたがすべきことは明白です」
「……! そうか……、《夢喰い》を取り除けば、ぼくは現実に帰れる……」
しかし、そんなことが本当に可能なのだろうか?
不安を込めた眼差しを向けると、かりんはそれに応えるように、満足げな笑みを浮かべつつ、懐から一本の柄物を取り出した。
思わず身構えてしまう。
「何をする気だ」
しかし彼女はそれを、そっとぼくに握らせるのだった。
「見本さん。《夢喰い》は、あなたの思っているよりずっと近くにいます。あなたの心を刺激して、より多くの話素を生産させるような場所に、です。その目的を果たすためなら、何かに化けて夢の中にみずから姿を現すこともあるでしょう。たとえばそう、妹などに」
美しい小刀は、ぼくの手のなかでずっしりと重く、何も言わずとも何かを語っていた。染みついている行為のにおいが、あらゆる凶事を予感させる。ぞっとするような恐怖を覚え、ぼくは背後を振り返った。そこには駆け出した際にぼくの妹がつけていった足跡がある。今にも雪の中へ消え入りそうな足跡が。
「まさか……」
「わかりますね? この世界から外に出るたったひとつの方法。それは――」
凍てつく風が、ふたりの間を吹き抜けていく。
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