Imitation

 水平線を塞ぐようにトタン葺きの巨大な倉庫が立ち並び、朽ちた案内板の上を船虫が這う。ここは埠頭だ。ぼくとアキは思い思いに傘をたたんで、切り立った波止場に沿って歩きつつ、左手に横たわる海を見ている。船は一隻も出ていない。ひろやかな視界を遮るものはほとんどなきに等しかった。対岸の陸地の影、薄い陸地の影は、空と海とが交わるところで、クリーム色の羊皮紙に切り込みを入れたようにざっくりとしている。冬の海は全体的に黒く見え、鉛筆で描いたようだった。雨の影響もあってか、すぐ足元で波の砕ける音がする。

「あたし、テトラポッド嫌いなの。なんだかこわい。うじゃうじゃしてて、鳥肌が立ちそう」

 はじめに口火を切ったのはアキのほうだった。

「そうか。じゃあ大きな満月の日にまた来るといい」

「いやよ、考えたくもない。どうしてそういう意地悪言うの」

「意地悪を言ったんじゃない。嫌いなものこそ大事にすべきだ。自分の本質を見せてくれる」

「自分のことが嫌いな人は?」

「それはぼくだな。だから自分を大事にしている」

「それで本質は見えた?」

「いいや、さっぱり」

 アキとぼくの間には、まだ必要な会話を避けているようなところがあった。ぼくらの周りでは、海猫たちがぎゃあぎゃあとうるさい。

「あたし、海に来ると、誰かを待っているような気がするわ、なんとなく」

「誰を?」

「さあね。たぶん、会ったこともない人」

 前に立ち、潮風にコートの裾をはためかせているアキの姿が、一瞬なにかと重なって見える。不知火しらぬいのような幻影だった。その奥では太陽が厚い雲に覆われながらそろそろ傾きつつあり、金魚鉢にも似た空模様を呈しはじめている。このまま真っ直ぐ行けば、磯のほうへ出るだろう。ぼくは腕時計を見ようとしてやめた。海に時計はふさわしくない。むしろ時計が海なのだ。

「ぼくは海を見ると、昔を思い出すな。父さんのバスに乗っていたときのことを」

「なんでバス?」

「さあ、よくわからない。けど物心ついたときからぼくには変な習慣があって、海を見たら、その前に見た海のことを思い出すようにしてるんだ。そうすると、ぼくはどの記憶の中でも前に見た海を思い出していることになる。海の記憶は他の記憶とは少し違うね。まるでそれ自体が塩漬けになっているかのようだ。だから腐るということがない」

「ふうん。じゃあ、この前見た海は?」

「ああ、それは今年の夏だった。男だけで来たんだよ。世界が終わりそうな空をしているからっていうんで、学校を途中で抜け出してね。海が見たかったというよりは、ぼくらはふだん山に囲まれて暮らしているから、自分たちより背の高いものから離れたかっただけかもしれない。……で、まあそんなふうにして記憶をずっと遡っていくと、バスの中から見た海に着くんだ。あれは確か雪の中の海岸線を走るバスだった。妹が生まれる前だったから、十年前ぐらいかな。朝焼けがすごくきれいで、それはもう壮観だったよ。ただね……」

「あ……、ごめん。変なこと思い出させて」

 何かを察したであろうアキが、濡れた地面に目を落とす。ここの足場には当分段差がなく、あるとすればそれが海なので、ともすればジェット機の翼のような、つるつるとしたプレート一枚の上にいるといった錯覚を起こしそうになり、会話も辷りがちになる。

「いや、いいよ。ぼくだって、あのときの景色以外はほとんど覚えていないんだから。気がつけばぼくは病院にいて、手当てを受けていたらしいけど。ああそういえば、そんなときだっけ、アキがお見舞いの花を持ってきてくれたのは」

「そう、月見草の花束に、ひとかけらの氷をこめて」

「へえ、そうなのか。全然知らなかった。なんで氷なんかを?」

「ひみつ」どこか妖艶に微笑むアキ。「そんなことより、結局小説は読ませてくれないのかな。ここまで来たんだから、もうどのみち一緒じゃないかしら、ねえ、トレープレフ君?」

 アキが文学少女らしいところを見せる。皮肉のつもりで口にしたのだろうが、冗談にしてはあまりにも的確な比喩で、ちっとも笑えやしなかった。

「トレープレフだって? あのかもめを撃ち殺したトレープレフがぼくだと言うのか。じゃあきみはなんだい、まさかニーナのつもりじゃないよな」

「ふふふん。ほーら、くやしかったら、あたしを撃ち殺してごらんなさい?」

 とアキは唐突に言い張って、あと一歩後退すれば海に転落するというすれすれの地点に立ち、大振りに手を広げてみせる。それはぼくに対する信頼とも挑戦とも取れた。ぼくは指でピストルの真似をして、目の前の的に照準を合わせている。そこには一瞬の駆け引きがあった。

「ばん」

「はぐっ」

「食うのかよ……」

 ぼくの失恋が確定する。いまのやりとりの中のどこに失恋要素があったかというと、全部だ。ぼくとアキは以前、とある小屋で『かもめ』の芝居を見たことがあり、それ以来というもの、チェーホフがふたりの共通言語になっているのだが、トレープレフというのはそのなかに登場する最もみじめな男なのだ……。

「はぁ~、男の子っていつもそう。自分の世界が命よりも大事なの。というより、自分が世界そのものなんだわ。だから世界を傷つけて、自分を傷つける。そしてそれに気づかない」

「相手は年上か」

「……ばたり」

「時間差で死ぬのやめろ」

 ぼくは真意を知りたい気持ちに駆られて、屈折したその瞳に無言の問いを投げかけてみるが、アキはやはり用意周到な微笑をつくって、そのうちにあるだろう感情の機微を、決して素直に明かそうとはしてくれない。いや、何を言わずともわかる。

 ぼくはアキを撃ち殺したいなどと考えたことはない。しかし今、この瞬間、ぼくの脳裡を、彼女をという考えがよぎった。なにかとてつもなく大きな力が、自分を衝き動そうとするのを感じる。そのとき嗅いだ磯のかおりは、ほとんど死臭と言ってよかった。

「なあ、最後になんて言ったか覚えているかい。二流作家になったトレープレフが、拳銃自殺する前にさ。昔の自分を否定して、創作についてかなり根本的なことを言うんだけれど、ぼくはいまその言葉を身に沁みて感じているよ」

 アキはだまって首を振り、先を促すような視線を向ける。

 対するぼくは鞄の中から、白い、ありったけの、紙屑の束を掴み出して言った。


ということが重要なんだって言うんだ」


 そうだ。

 だからもう、こんなはいらなかった。

 さらばだ。

 わが小説たちよ。


「ケ、ケイ!? そんな! だめだよ! ああ――!」

 いや、もう遅い。

 風が吹く。

 ぼくの手からはなれていった小説が、一枚一枚、引き剥がされるように宙を舞い、そうして次々と自由になる。糸の切られた凧のように、あるいは群れをなすあの白い鳥のように。アキの叫びが潮騒のなかでこだましたのは、思ったほどには美しくない、そんな映像の最中だった。この世で唯一の原稿、アキに捧げるはずだった作品は、こうしてはかなくも海に散る。

「ば、ばか、あんた、なんてことするの。信じられない……」

「いいんだ、いいんだよ、これでいい、偽りの物語は、海にかえるべきなんだ!」

 さしものアキでさえ、まさかぼくがこんな空しい所業に及ぶとは予想だにしなかったらしい。高く飛んでゆく紙きれを追ってしきりに腕を伸ばしていたが、それらはもう、手の届かないところにあるのだ。散り散りになった断片のいくつかは水平線の彼方まで飛んでいき、いくつかは波間を漂い、ほかはすべて海中に沈んでいった。もうこれらが戻ってくることはない。すべては終わった。しかしだ、これ以上の名誉、これ以上の冥利がなにか存在するのだろうか? ぼくにはもう、なにひとつ未練がない。こんな形になってしまったが、物語の切れはしはいま、そのあらゆる意味と引き替えに、空を飛行する束の間の権利を得たのだから。

「でも、あたし、読みたかった。ケイの小説が読めるのを、楽しみにしていたのに」

 すべてが実行されたというのに、アキはいまだ茫然となって立ちつくし、何か言おうとするものの、言葉が見当たらないといったそぶりをしている。しかしぼくもそれは同じだ。なぜだろう、愛着なんて全くないと思っていたのに、いざ棄ててみると、こうまでせつないものなのか。いまだかつてこんな喪失感を味わったことはない。ああ、ぼくらの前には海がある。数多の物語テクストを産んだ海が。ぼくが寺山修司ならこの海を見て少女の涙に喩えただろうし、ランボーならそこに永遠を見つけるだろう。ヴェルレーヌならメランコリヤを詠っただろうし、三島由紀夫なら遠くのほうで美がいていると言ったかもしれない。だがぼくは何者でもなかった。

「ぼくは、蛾だ」自然とそんな言葉がこぼれる。「繭から生まれた、一匹の蛾。忘れていたよ、ぼくのような人間には、自分の言葉で語れないような人間には、作者を騙る資格なんてなかったんだ。どんなに夢を見ても、蝶になどなれないぼくには」

「なによそれ、どういうこと?」

 振り向きざまにぼくは言った。

「ぼくの小説の本当の作者は……ゴーストライターだったのさ。マユという名前のね」

 もとより理解されるつもりなどなかった。しかし今、みんな吐き出してしまったことで、ぼくは少し肩の荷がおりるのを感じている。

 多くの過ちはこのようにして、ちっぽけな虚栄心から起るのだろう。

 それだけ言って、ぼくは立ち去ろうとした。再び暗雲が迫りつつある、茫漠たる東の港町へ。

「待ってよ、ねえってば!」

 海を背にして引き留めるアキの目には、はっきりと軽蔑の意が宿っていた。そしてたなびくその髪を照らす黄金いろの光が、いまぼくの目において沈みつつある。だが小説を喰ったあとの海は、むしろそれによって活力を増し、騒いでいるように見えた。

「あのさ、怒ってるよ、あたし」

 アキはまだぼくと話をしたいのか。つくづく思い通りにならない女だ。怒られるようなことをぼくはしたとは思っていない。むしろ本当にそうあるべき、正当な行為をしたと思っている。アキの期待を裏切ってしまったにもかかわらず、ぼくがそう考えるのは、このような理由があった。すなわち、あの小説にわずかでも価値があったのだとすれば、それは結果としてアキの心を一瞬でもという、ただその一点のみに集約されるのではないか、と。

「約束を破ったことは謝るよ。ぼくもこうするつもりはなかったんだ。でもアキだって本当は、そこまでぼくの小説を読みたいとは思っていないところを、無理に気を遣って興味ある自分を演じていたんじゃないのか。ぼくにはそう見えたんだよ。別にそれは悪いことじゃない。同じ立場だったらぼくもそうするだろう。だからこれは、必然なんだ。ぼくは本当に、こうするしかなかったんだ。これ以上、愚かなトレープレフを責めないでくれ!」

「そうじゃないわ」

 アキが決然として言い放つ。その瞳は、彼女が自分の頭でものを考えることができる、対等な存在であることを主張していて。

「なにより許せないのは、自分の物語に責任を持てないことよ」

 その言葉は鉛のように重く。

「いいわよ、もう帰って」

 ……ショックだった。

 この場から、既存の文脈コンテクストから、あたかも締め出されたように感じて、もうおまえの出番はおわりだと、参加する資格はないと告げられたような、それでいて、アキの言葉の中から一歩も外に出られない無力なぼくは……も同然だ。

 ぼくは直感的に理解する。これが因果応報の摂理だと。ぼくがアキに向けて「ばん」と言って発砲した銃弾が、世界を一周していまこの心臓を貫いたとは言わないまでも、世界を傷つけて、自分を傷つける、まさにその言葉通りになっていた。ここにはなにか悪魔的な構図を感じざるを得ない。たとえばあの西洋魔術の、のような強い呪いの普遍性を。

 だから、その上に重なるようにして起こった次のような天変地異も、ある意味では必然だったと言えるかもしれない。もし、このときすでに無限の距離が、が、ぼくとアキの間に挟み込まれていたのだとしたら。

 はじめに感じたのは風向きの変化だった。その風に追われるようにぼくは背を向けており、すでにアーケードに呑まれるぐらい海から離れていたのだが、次の瞬間、薄暗く不穏な空から、真昼のような光が兆す。あたかも世界に亀裂が入り、大いなる深淵が垣間見られたかのように。

 直後に轟音。

「きゃあっ!?」

 無数の鉄球をトタンの上に落としたような衝撃があった。ほぼ時を同じくして、劈くようなアキの悲鳴が耳に入る。変な紙屑、何枚かの汚れた紙屑が、かさかさと音を立てながら、生物のように地面を辷っていくのが見えた。――紙屑? いや、そんなことはどうでもいい。今の落雷は、かなりの至近距離だった。じわりと嫌な予感がよぎり、また振り返ったぼくの背中を、氷のような雨粒が撫でる。周囲は暗闇に覆われ、そして

「アキ! 避難するぞ!」

 ぼくはそれまでの諍いを忘れ、埠頭の先に立っているアキに向かって大声で叫んでいた。

「ちょっと待って! 何かあるの!」

 アキはこちらを見ず、その声は奇妙に興奮している。

「バカ、何をぼけっとしてるんだ! 早くこっちへ来い!」

「違うの! ケイ、あれを見て!」

 ぼくはアキが指差している方角を見た。そこには荒れ狂う海があり、激怒した天空がある。……だが、人を絶句させる、最も異常なるものは、それらを繋ぐ嵐の中にあった。

「なんだ、あれは……竜巻か……?」

 想像を絶するような光景だ。見たままを話せばこうなる。大しけの海がひとつの巨大な渦潮を成し、そこを中心に海水が天へと吸い上げられていくようだった。とぐろを逆さまにしたような、太い風の柱。その外郭を、遠心力に沿ってが旋回している。アキが指しているものはおそらくそれにちがいなかった。

! 帰ってきたんだわ!」

 そのときぼくが覚えた戦慄は、なまやさしいものではなかった。――帰ってきた? 小説が?馬鹿な。考えられない。あの旋風が、棄てた小説を呼び戻すために起こったとでも言うのか?

「違う、それはきっと幻覚だ……! 小説はもう、戻ってはこないんだ!」

「でも、あたし、信じるわ! ほら、そこにある! あたし、読みたいの! 読みたいのよ、本当に! あともうちょっとなんだから!」

 こんな状況にもかかわらず、アキはぴょんぴょん飛びはねて、竜巻に手を伸ばそうとしている。意地なのか、何なのかは知らない。しかしこの直観を信じるならば、それは絶対に喜ぶべき事柄ではなかった。いかにも古典的ではあるが、何度棄てても持ち主の元へ帰ってくるものといえば、よくないものだと相場が決まっているのである。ましてや――ぼくは思い出す――それが一箇の「呪い」という性質を扱う作品ともなれば……。

「もうやめろ! 諦めてくれ、頼む! それはただの小説じゃないんだ! そんなの拾ってどうするんだよ! ぼくの小説が読みたいんだったら、また今度いくらでも書いてやるから!」

「嫌よ! そんなの、いつになるかわからない! ケイはだまってそこにいて! ケイの物語は、あたしが守る!」

「なんで、そこまで……」

 己の身を危険に晒してまでぼくの小説をかき集めようとする、アキの気持ちは確かに本物なのかもしれない。そんな真似はぼくにはできなかった。巻き起こる風の勢力は弱まるどころかむしろいっそう増しており、息をするのも苦しいほどだが、すでに鳥葬のごとく飛び回る物語の断片のいくつかは、アキの片手に握りしめられている。にもかかわらず、その果敢なる姿が、ぼくには何者かに取り憑かれてしまったように見えて、おそろしく不安になってしまった。

「もういいだろう! さあ、戻れよ!」

 だがアキは聞く耳を持たなかった。そんなとき、紙きれの一枚が竜巻から離脱して、ぼくの懐にひらりと舞い込んでくる。雨と海水で無残にふやけ、今にも千切れそうな虚構のページ。なのだが、インクがどろどろに溶け出して、全然読めた代物ではなかった。いや、すべての文字が変質して、このように見えてくる。『海海海海海海海海海海……』これを目にしたとき、ぼくの心の内部では奇妙な既視感とともに、天地がひっくり返るような、血の気がすうっと引いていくような、ある種の関係性の逆転が起こり、同時にうっすらと覚えはじめていた予感が、ひとつの確信に変わりつつあった。

 ぼくは今まで、「呪いの小説」というものが、たんなる小説内小説、つまり本質的には自分たちと無関係なところにある概念に過ぎないと考えていたけれど、本当にそうなのだろうか。「呪い」の本質。それは第三者を当事者に変えるところ、比喩メタファーの次元での事象を、事物として実現させるところにこそあったのではないか。あの物語の中に、アキとよく似た人物が出てくることを、ぼくは知っている。そして、彼女がどんな未来を迎えることになるのかも……。

 単純に言って、こういうことはありえないだろうか。つまり、「呪いの小説」は虚構の産物などではなく、今、現にそこにある、こそが、その本体であるということが。いや、だとすれば、もっとおぞましい、何かがここにある……。もう一度手許の紙に目を落とすと、文字がさらに滲み出し、踊り狂い、潰れていくのがわかった。『繭繭繭繭繭繭繭繭繭繭……』『■■■■■■■■■■……』ぼくは紙を破り捨て、断定する――この現実は、異常だ!

「逃げろ!」

 ぼくの声はもう涸れていた。しかしアキは、再三にも及ぶぼくの忠告にかかわらず、耳を貸そうとしないばかりか、まるで杭で固定されているかのように立ちぼうけ、背を向けたまま、掴んだ紙きれの束を手に、じっとしている。気のせいだろうか、その格好が、食い入るように、一心不乱に、手許のそれをように見えるのは。加うるに、その後景で騒ぐ自然が、いつか見た劇場の書き割りにも似て、そこだけが周囲とは切り離された、異空間となっているように見えるのは――

 ぼくはこのとき、自分がなぜアキのところまで走っていって、無理やり腕を引っ張っていかないのかと我ながら疑問に思った。なぜ芝居の観客のように、離れた位置から傍観することしかできないのかと。なぜ? 自分の身に危険が及ぶことを恐れたのだろうか。それともただ、突然の異変に驚くあまり、我を忘れて硬直していただけだろうか。あるいは……。

 いずれにせよそう考えたとき、ぼくの足は一度目の落雷以降、初めてまともに動いた。だがそのときにはもう、なにもかも手遅れだったのかもしれない。

 アキは、落ちてくる紙きれに向かって、白樺のような腕をぴんと伸ばしているところだった。まさにそのとき、天が発光する。ぼくは瞬時に理解した。次の瞬間、火薬を使ったかと思うような焦げ臭いにおいの中を渡り鳥の死骸にも似た紙が舞い、暗闇を照らす稲妻が、狙い澄まされたようにアキの人差し指へと誘導され、物語の通りに、その身を焼き滅ぼすだろうことを。


 何かの間違いだ。

 そう悟った。

 だからぼくは、目を閉じる。

 習慣的に。反射的に。

 それはぼくが、悪い夢から脱け出したいときによく使う、たったひとつの方法だった。

 その技を使えば、景色が変わる。

 その技を使えば、設定が変わる。

 ぼくは固く目をつむり、強く念じた。

 さよなら、世界。

 さよなら、アキ。

 いつか、また巡り逢える日が来るまでは――

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