最終話 エピローグ

「おはよー」

 あの事件の翌々日の水曜日。僕は何事もなかったかのように登校していた。

 普川を倒したあと、僕たちは先輩の救援に向かった。劣勢だった先輩と合流しもう一人も撃破。そこでも龍衝烈哭を使った僕は意識を失ってしまったが、残る一人は校長と先輩が倒してくれたようだ。

 僕と藤城先輩と校長はすぐ病院へ運ばれた。先輩は軽傷のみだったので手当をして念のため一日だけ入院。校長はリンチされていた時の傷が酷かったらしく今も入院中だ。

 入院しなかった僕のことを隣で優美が心配そうに僕のことを覗きこんでくるが、特に異常はない。

「お、おはよう……」

 自分の席に座ると、なんだか元気のない紗倉さんに声を掛けられた。なんで僕から視線を少しずらしてるんだろう……。

「一昨日大丈夫だった? いやー大変だったね」

「う、うん……」

「……元気ない?」

「別にそんなんじゃないわよ。ただその……」

 紗倉さんは髪を指でくるくるといじりながらやはり視線を合わせてくれない。よく見ると顔も赤いような……。

 そんな様子を見て優美が恐る恐るといった様子で尋ねた。

「朱莉ちゃん、まさか……」

「ま、まさかってなによ! そんなんでもないわよ! ただその……昨日はありがと」

 とても恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながらお礼を言った紗倉さんをなんだか微笑ましい。ほんわかとしてしまった空気がいやなのか、紗倉さんは誤魔化すように話す。

「そ、それにしてもアンタ、普通に登校できるなんてすごいわね。優美もあの藤城先輩も少しは怪我してるっていうのに、アンタは無傷じゃない」

「主人公だからね」

 僕は笑ってそう返すものの……優美は僕のことを悲しげに見つめている。

 緊張で少し大きくなった心拍音を聞きながら、僕は改めて昨日病院で説明されたことを思い出した──


「融……合……?」

「ああ」

 事件の翌日、僕は運ばれた病院の一室で自分の体に起きたことを説明してもらっていた。僕と本人の要望で同席していた優美が会話の中に出てきた単語を呟く。

 僕に説明をするためだけに病院まで来てくれた詩園先生が、僕の胸部……心臓のあたりを指差しながら続ける。

「白宮君から聞いた話だと君は胴体の左上あたり……心臓から肩をまるごと吹き飛ばされたんだな?」

「ええ、自分でもなんとなく体が吹き飛んだ感覚はありました」

「その際、なにが原因かは分からないが……粒子が心臓の形に顕現し、今もそのまま固定している」

 横で聞いていた優美が先生の説明に対して質問をする。

「人鎧は人間の臓器の代替品にすることはできないって聞いたことがあるんですけど」

「ああ、だから彼は人間をやめたんだ」

 先生はそう言い切るが、当然僕たちにはその言葉の意味を理解することはできなかった。

 一呼吸の間を開けて先生が説明を続ける。

「顕質は軟性が足りなかったり臓器の行っている役割を担えなかったりと、臓器の代替品にしようとするには問題点が多すぎる。そしてなにより人の臓器として体内に入れると人体が拒絶反応を起こしてしまうんだ。心臓を失いあと数秒で死ぬという状況に陥った体は……その問題点を克服するために人鎧との融合を選んだ」

「えっと……?」

 優美は先生の言ってることがよく分からず微妙な顔をしながら首をかしげていた。ただ、なんとなく僕は理解できた。

「部分的にではなく完全に僕と人鎧が融合したことで、相容れないせいで起きていた拒絶反応が起きないようにした……ってことですか?」

「その通りだ。さらに、逆に人鎧が君と融合して人間に近づいたことで本来あり得ない顕現時の軟性を手に入れることができた。心臓はとても簡単に言えば血液を送り出すポンプだから、軟性が手に入れば心臓の役割だけなら担うこともできる」

 優美は僕と先生の二人から説明を受けたことでなんとなくは理解ができたのか小さく何度もうんうんと頷いている。その反応、本当はわかってないだろ……。

「でも先生。どうしてそれで体が再生したんですか?」

「融合した粒子が人体の持つ治癒能力を飛躍的に増大させたんだ。……まあそれについては融合時に起こった化学反応の産物と捉えておいた方がいい。今の君の治癒速度は一般人より少し早いくらいだ」

「へえ……」

 あのとき、おそらく位置的に左肺や他の臓器も欠損したはずだ。それを一瞬で丸ごと再生させるとは……確かに人間のできることじゃない。

「君に起こった黒化現象もその影響だろう。再生させた際、皮膚や筋肉に含まれた粒子が君の体を一時的に変異、強化させたのだと私は考えている」

「一個、質問なんですけど」

 先生の説明を受けてからずっと考えていたこと。僕は手のひらに粒子を集めながらそれを聞いた。

「融合したのにまだ粒子使えるんですけど……」

 僕の質問に先生はすぐには答えず、手元に置いてあった資料を読み返す。数秒、たっぷりと間をとってから先生は口を開いた。

「……なぜだろうな」

「ちょっと!?」

 急に遠い目をしだした先生に突っ込むが、先生は相変わらず落ち着いた態度で話す。

「私が普通に話しているせいで二人とも勘違いしているかもしれないが、今君の体に起こっていることは世界で前例のない初めての出来事だ。騒ぎが起きないようマスコミに伏せなければいけないほどの前代未聞のニュースでもある。不明点だらけで、解析を依頼している研究機関も頭を抱えているそうだぞ」

 そ、そうだったんだ……。普通に話すからよくあることなのかと思って話聞いてた……。

 先生は顎に指を当てしばし考え込む。少しして『ただの仮説だが』と口を開いた。

「人鎧との融合を経て君の肉体を変異させた時点で、人鎧は再度今まで通りの働きをし始めたんじゃないか? さすがに心臓部を担っている粒子はそのままだろうが、腕や他の臓器の再生に使われた粒子は再生が完全に終わった時点で肉体と分離できるようになったんだろう」

「融合したのに分離できるんですね……」

「融合しているといっても現在進行形なのは心臓部のみだよ。他の粒子は今まで通り……いや、軟性の能力もプラスして使えるはずだ。……他に質問は?」

 僕はもう気になることはない。首を横に振ってから、優美の方を見る。優美には気になることがあるらしく、下を向きながら不安げに呟いた。

「人間をやめたって言いましたけど……人間に戻れるんですか?」

「……今の研究結果からは不可能と言わざるをえない」

「そう……ですか……」

 二人の声音は暗い。先生は今まで聞いた中で一番弱々しい声を出した。

「……すまない。あの時、君を行かせるんじゃなかった」

「えっと……」

 先生と優美は僕を置き去りにして勝手にテンションを下げまくっている。当事者めっちゃ元気なんですけど。

「私も……あの場所にいたのに全然力になれなかった……」

「ふ、二人ともそんなに落ち込まないで! 別に人間やめた程度、気にすることじゃないでしょ!」

 二人を励まそうと声をかけるが、相変わらず暗いままだ。やがて優美が震えた声で話し始めた。

「だって、人間やめちゃったんだよ? それって……」

「それって?」

「もしかしたら子供が産めないかもしれないってことだよ!」

「産まないよ!?」

 とんでもない発言をした優美に病院だということも忘れ思わず大声で突っ込んでしまう。唖然としている先生を置き去りに優美も大声で返してくる。

「もちろん龍ちゃんが産むってわけじゃないよ! ただ……龍ちゃんが、例えば私と結婚してあんなことやこんなことをした時、もしかしたら私がアレできないかもしれないってことだよ!」

「あんなこととかアレとかって?」

「受粉のことだよ!」

「生々しいからやめて!」

 こいつなんてこと口走ってんだよ!

 さすがに恥ずかしいのか顔を赤くして視線をそらす優美に対し、僕は首に手を当てながら答えた。

「言いたいことは分かるよ。人間じゃなくなった僕に人間と子作りかできるかってことだろ? それなら問題ないよ。するアテなんてないし、そもそもするつもりもない。よく考えろよ、僕のこの体質で子育てなんてできると思うか? お前が思ってる以上に子育てって大変なんだからな。まあ僕もよく知らないけど」

「そ、そんな……」

「ま、待て待て」

 ぽかーんとしたままフリーズしていた先生が再起動して僕たちの会話に割って入ってきた。

 困ったように頭を抱える先生を不思議に見ていると、先生は眉間にしわをよせながら口を開いた。

「そこじゃないだろう。人間をやめたんだぞ? もっと悩むべきことがあるだろう。今後の人生どうしようとか、なにをすれば人間に戻れるかとか……」

「え? なんでそんなこと悩むんですか?」

 こちらを見つめる先生の瞳をまっすぐ見つめ返す。その瞳はまるでその先を聞くのを恐れているようにも見える。

 そう見えるのはただの気のせいだろうと結論付けて僕は先を続ける。

「今後の人生なんて今まで通り主人公らしく運命に抗うに決まってますし、人間に戻る方法とか探す気ないですよ。戻りたくありませんから」

「戻りたく……ない?」

「そりゃそうですよ。人間やめたおかげでまた少し強くなったんですから。それなら……」

 多分、先生の瞳に見えた恐怖の色は気のせいなんかじゃないだろう。でも、僕はそれを一切無視して口を開いた。

「人間続ける意味なんてあるんですか?」

「……君は……」

 先生はなにかをいいかけて口を閉じた。特に言いたいことがないならいいかなと思い、僕の方から先生に別のことを尋ねる。

「ところで僕ってもう今日退院してもいいですよね、無傷ですし」

「……まあそうだな。どこにも異常がない君を個室を取ってまで入院させておくわけにもいかない。ただし、週に一度の検査には必ず来るように。私も立ち会うから誤魔化しは効かないぞ」

「それくらいなら普通に来ますよ、時間が掛かる系のトラブルに巻き込まれなければ」

 僕の言葉を聞いて安心したのか、はたまたなにかを諦めたのか先生はため息をつきながら立ち上がった。

「分かっているとは思うが君の体のこと、誰にも言うんじゃないぞ? 次の日から君の家の前に報道陣が大勢押し掛けることになる」

「気を付けます」

「私はこれから担当医と話してくる。学校側には今日は休むことは連絡してあるから、今日一日くらいはゆっくり休みたまえ」


 ――詩園先生に説明してもらったのはこれくらいだ。

 当然僕の大怪我から再生までの流れを知らない紗倉さんは僕の強さを誉めてくれる。調子に乗って人をやめたことを口にしてしまわないよう緊張感を忘れないようにしなければ。

 隣では昨日のことを改めて思い出したのか優美が悲しげにこちらを見ながら『受粉が……』と呟いている。いい加減そのこと忘れろよ。

「アンタって主人公名乗るだけのイタいやつじゃなかったのね」

「まあね。主人公には主人公のやらなきゃいけないことが……っと、そろそろ席に着かないと」

 紗倉さんと優美と話しているといつのまにかだいぶ時間が経ったようでチャイムが鳴った。そろそろ先生が来るだろう。そういえば先生は僕の体のことを知っているんだろうか。

 ……できれば知らないでいてほしい。知ったら号泣しそうだし。

 扉が開く。先生はこちらを見るが、あの様子からして知っているわけではなさそうだ。全力で隠さないと。

 昨日は一日なにもなかったし、多分今日はなにかあるんだろうなーと考えていると案の定、先生が転校生の紹介をし始めた。

 入ってきた女の子もなにかありそうな眼をしているし、しかもこちらを意味深に見つめている。敵意か殺意かはたまた全く違うものか、どんな思いを秘めているのか分からないが、僕はそれを真正面から受け止める。

 きっと次はあの子を中心にトラブルが起こっていくんだろう。

 なにが来ようと関係ない。人間をやめても僕の……主人公のやることは変わらない。

 今日も明日もその先も、僕がすべて守ってみせる。

 小さく拳を握りしめ、心の中で僕は呟く。


 さあ、主人公を始めよう。

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さあ、主人公を始めよう リュート @ryuto000

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