第20話 さあ、主人公を始めよう
誰が見ても、龍人の姿は異質だった。
折れた右腕が動いていること、頬の傷が完全に消えていること、そして吹き飛ばされた胴体が再生していることももちろん異質だ。だがそれ以上に……胴体と一緒に再生した左腕が黒くなっていることがとても異質だった。
黒く変色しているというのは正確ではない。そもそも全体が黒いわけではなく、所々が入れ墨のように真っ黒になっているのである。
さらに不気味なのはその黒が広がっていることだ。左腕、肩と染めていき……その広がりは胴体の四分の一を侵食したところで止まった。
ちょうど破れた服のあたりまで。つまり……今しがた吹き飛ばされ部分のみがその黒に侵食されていた。
「お前……本物の特異点なのか……?」
その様子を見ていた普川が恐怖を込めて呟く。それに対する龍人の返事は冷たい声音だった。
「僕はただの主人公だ」
そう返して龍人は進む。先程と同じように一歩一歩、相手に恐怖を与えながら。
普川も先程と同じように気弾を作り出す。少し小さくなっているが、その分密度は高くなっている。
「……もう一回死ね!」
放たれた気弾は龍人へとまっすぐ飛んでいく。優美が龍人へまた叫ぶが……龍人は気弾を左手をかざすだけで防いだ。
防いだ、というよりも吸収されたという方が正しい。だが、やはり全てを完璧に吸収できるわけではなく吸収されきれなかった分は確かなダメージとして皮膚を焼き焦がし、一部から肉が見えていた。
傷を気にすることなく龍人は進む。あと少しで普川に拳が届く距離だ。
「ダメージを減らせるようだが……0にできるわけじゃないみたいだな!」
左手の傷を見て普川はさらに連続で気弾を飛ばす。大きさよりも密度を優先させたそれは、龍人の左手の皮膚を削り肉を削ぎついには骨が見えるまでにしていた。
だが……それでも彼の動きを止めるまでには至らなかった。
「……これだけあれば充分か」
「なにをするつもりだ……?」
「お前を倒す以外にすることがあるのか?」
龍人は左拳を握る。握りしめた指先が肉や骨に触れてぐじゅぐじゅといやな音をたてる。
その動作に普川の恐怖心は増大させられる。逃走の選択肢が浮かぶが……背を向けた瞬間命を奪われる想像をしてしまった彼はその選択をすることができなかった。
「逃げる、という選択肢は存外はずれではなかったんだがな」
独り言のように呟いた龍人の言葉に普川は反応する。だがすでにもう遅い。龍人は拳の届く距離まで近づいていた。
「お、お前の攻撃が……生身の人間の攻撃が人鎧に通じると思ってるのか!? 人鎧を纏っててもお前の攻撃は俺を倒せなかった。なのにその状態でどうやって……」
「今完成したばかりの必殺技だ」
そう言われた普川は、そこで一つの謎について答えを知ることになる。
龍人の人鎧、その粒子の行き先について。
龍人がいた場所にあった顕質は、最初に龍人が纏っていた簡易鎧より明らかに量が少ない。ならば不足分はどこに行ったのか。
落ちていた顕質が再び粒子となり龍人のもとへと近づいていく。その粒子は普川の目の前で確かに龍人の左手に吸収された。
機械である人鎧の粒子が人体へと吸収される。行き先の謎が分かっても、原理の理解できない現象に普川は立ち尽くすしかない。
「……なんだよ……それ」
龍人の体を覆う黒が胎動する。それに合わせて足、腰、背中。体の様々なパーツに今までと比較にならないまでの気が込められる。
特に龍人の左腕の気は尋常ではない。その左腕がガソリンに引火したかのように一瞬で燃え上がる。人鎧を装着していない皮膚はみるみるうちに焼け焦げていく。それでも腕を覆う黒い何かは存在感を失うことなく主張を続けていた。
「お、お前は一体……」
答えの分かっている問いをそれでも普川はしてしまう。
龍人は炎を纏わせた腕を振りかぶる。肌の色を失いそれでもなお燃え盛る腕は……もはや人のものには見えない。
「な、なあ……お前はなんなんだ、お前は……」
「主人公だよ」
生身の人間の拳など痛くもかゆくもないはず。なのにすでに普川は自分の敗北を確信してしまっている。
そんな普川へ龍人が告げたのは……龍のように『恐ろしく』強い一撃の技名だった。
「
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