銃声
茶色は部屋の壁に背中をあずけたまま両足を床に投げ出していた。
口の端から垂れた血が胸を濡らしている。鉄筋を叩きつけられた頬は裂け、激しく打たれた脇にも血が滲んでいる。時折顔をしかめながら苦しそうに息を吐き出す。
目の前に立った鋭い目は肩を大きく上下させていた。
鋭い目の顎には、まばらにひげが伸び始めていた。ガキから男へ。鋭い目はもうそんな年齢になりつつあった。
「どうしてだよ」
鋭い目の声は震えていた。
「いつもなら簡単にかわしてただろうが」
鋭い目は身体まで震えていた。鉄筋を持つ手の震えをもうひとつの手で押さえる。どうにも止まらなかった。
茶色は口を開けたまま何も言わずに鋭い目を見ていた。
「なんとか言えよ」
鋭い目は威嚇するように鉄筋を茶色に突きつけた。
「もう止めろよ」
まだ痛む足を引きずりながらやってきた太めが部屋の扉に群がるガキどもを掻き分けて姿を現した。
「うるせえッ」
鋭い目は何本も持ち込んだ足元の鉄筋のひとつを持ち上げ、太めに向かって思い切り投げつけた。
ぎりぎりでかわそうとした太めは痛む足を床についてしまい叫び声とともに倒れた。ガキどもが太めを守るように集まる。太めはすぐにガキどもに抱えられ運ばれていった。
鋭い目はガキどもが文字を教わるのに使っている文字板に飛び乗った。板は簡単に真ん中から割れた。
「こんなものッ」
鋭い目は割れた板を何度も踏みつけ、それでも足りずに何度も鉄筋を叩きつけた。
「見てんじゃねえッ」
鋭い目は鉄筋を持ちかえ、扉に集まっていたガキどもに走り寄った。ガキどもは一気に散らばる。逃げ遅れたガキどもが廊下で鋭い目の鉄筋に打たれ倒れた。泣き声を上げるガキどもに容赦なく鉄筋が振るまわれる。激しく打たれたガキが気を失う。鋭い目は大声で吼え、部屋に戻り、再び茶色の前に立った。
「とどめだ」
鋭い目の目が細く、より鋭くなる。鉄筋の先を茶色に向けたまま少しずつ近づいていく。
「ざけんな」
茶色が血を吐きながら力なく言った。
「死ね」
鉄筋が大きく振り上げられた。
そのすぐ横に、突然、マントが出現した。
少年だった。
少年は腰のあたりのマントを跳ね上げ、手にした道具、おじさんが銃と呼んだあの道具の筒先を鋭い目に向けた。
乾いた音がした。
反動で道具を持つ少年の手が大きく跳ね上がった。そのまま後ろに倒れた。
鋭い目は驚いた目で突然現れた少年を見た後、自分の脇腹に広がる赤い染みを呆然と見下ろした。鉄筋が握っていた手から滑り落ちていく。顎が落ちたように口が大きく開く。さらに丸く、大きく見開かれた目がぐるぐると回りだし、急に白目に変わる。膝の力が抜けていく。崩れ落ちた。口から血が溢れ出る。最初は少し、それから大量に。鼻からも、目からも、血が筋のように肌の上を細く伝わり垂れていく。急いで、何かを思い出したかのように、手を何もない前方にまっすぐに伸ばした。一瞬、黒目が戻る。少年を見た。茶色を見た。天井を見上げた。細かく痙攣し始める。吐き出した血の上で身体が痙攣し続ける。
ようやく半身を起こした少年は、自分が巻き起こした結果に言葉を失っていた。
部屋の扉にはまたガキどもが集まっていた。誰も声を出そうとしなかった。
少年は助けを求めるかのようにガキどもを見た。ガキどもは少年から目を背けるように慌てて顔を伏せた。ガキどもは明らかに怯えていた。何人かはほとんど立っていられないほど震えていた。
ガキどもに支えられ姿をあらわした太めが少年に向かってひざまずいた。周りのガキどもも一斉にそれに従った。
少年の中で何かがはじけた。
素早く立ち上がり、まだ小刻みに痙攣している鋭い目に大股で駆け寄る。道具の筒先を鋭い目の額に押し当てる。
鋭い目が少年を見上げながら口を動かした。溢れる血がごぼごぼと音を立てた。
少年は再び引金を引いた。
乾いた音が鋭い目の額を撃ちぬいた。
鋭い目は動きを止めた。
誰も動こうとしなかった。
すすり泣きの声が聞こえた。
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