消えた
少年は傍らで見守るおじさんに目もくれずに、ふたり分のマントを、光る装置を、音叉を、宮殿に行くためのありとあらゆる道具を手当たり次第にカバンに詰め込んだ。
最後までおじさんとは目も合わせなかった。
もう何も言うことはない。
ふたり分のカバンを抱えマントを羽織った少年は通い慣れた道を走った。路地の両側にそびえたつ背の高い廃墟の壁に足音が響く。誰もいない建物と建物とを結ぶ橋をくぐりぬける。
世界がもっと広いと思っていた頃、どこへ行くのも怖かった。今はこの狭い世界のわずかな距離がもどかしかった。早く学校へ。少年はよりいっそう足を速める。
明日の朝になったら食料を準備して一緒に山羊女の宮殿に行こう。音の壁はマントがあれば怖くない。光も音も手も小さな鍵も、山羊女の宮殿にたどりつくための鍵は全部用意した。暗い地下水道も光る装置があれば平気だ。動く部屋の中でふたりであの暖かい美味しい飲み物を飲もう。肉の挟まった汁気たっぷりの美味しいパンも、食べたらどんな顔するんだろう。宮殿のあの大きな窓。見下ろす世界の美しさ。埃だらけの居住区も、あそこから見るとなんだか夢のような場所に見えるんだ。ふたりで世界を見よう。宮殿あの巨大な窓から、この世界を眺めよう。
ようやく開けた場所に出た。その先に学校が見える。
飛ぶように走った。息が上がって苦しかった。けれど、そんなことよりもとにかく一刻も早くたどりつきたかった。
学校の窓が砕け散り何かがゆっくりと落ちてきた。叫び声が聞こえる。ガキどもが悲鳴を上げている。
また、窓が砕けた。
別の窓から顔を出したガキどもが少年に気づいて大きく手を振った。
鉄筋が窓を突き破って飛び出してきた。それに続いて本棚に収まっていたはずの本がバラバラと落ちてくる。
「早く、早く」
呼びかけるガキどもの声がはっきりと聞こえた。
異変が起きている。
少年はカバンを投げ捨て、マントのスイッチを押した。
窓から顔を出して少年を呼んでいたガキどもは、少年が完全に消えたのを見て、今度は一斉に金切り声を上げた。
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