衰弱
食べるものもないまま地下をさまよい痩せ衰えボロボロになった。そのうえ耳が聞こえなくなってしまった。あの音の壁のせいだ。少年にはよくわかっていた。
もうおじさんとの約束を守るつもりはなかった。秘密などどうでもよかった。宮殿への行き方でもなんでもすべて話してしまうつもりだった。
ただ、その前に茶色の弱っていく身体をなんとかしなければならない。
順調に快復していく太めと対照的に、帰ってきてからの茶色は日々衰え続けていた。片方の耳はもうほとんど聞こえなくなっている。
すぐに元気を取り戻すと信じていたガキどもも次第に事態を飲み込み始めていた。茶色は帰ってきてから一度も空を飛んでいない。ガキどもは空を飛ぶ茶色の姿を待ち望んでいた。こんな姿じゃない。
茶色とふたりだけの秘密にしていた地下通路をガキどもに教えた。あの美味いスープでもなんでもいい。なにか見つけて欲しいと言ってガキどもを送り出した。ガキどもは総出で地下をくまなく歩き回った。スープはどこにも見つからなかった。
宮殿に行く途中の乗り物で食べられるあの美味しい食べ物と元気の出る飲み物を持って来ようかとも思った。けれど、茶色のそばを離れるのが怖かった。茶色がまたいなくなってしまうのではないか。今度は二度と戻らないのではないか。それを恐れていた。
茶色のために千切ったパンをお湯でふやかしたりもした。まずくて食えたものじゃなかった。乗り物の食べ物のように肉をパンに挟んでみた。本物とは似ても似つかないどうしようもない代物だった。
弱っていく茶色を見るのは少年にとってもガキどもにとっても辛かった。
「なんとかなんねえのかよ」
太めが横になった茶色のそばで吐き捨てるように言った。
太めはガキどもの手助けを借りずに歩けるまで快復していた。その言葉が自分に向けられたものであることは、少年にはよく分かっていた。鋭い目がいなくなった今、茶色を守りガキどもを守るのは、太めではなく少年の役目になりつつあった。
少年は決心した。
茶色をおじさんのところに連れて行こう。おじさんなら、茶色を治してくれるかもしれない。治してくれなくても、治し方を教えてくれるかもしれない。教えてくれなくても、教え方を考えてくれるかもしれない。考えてくれなくても、治し方を調べる本を探してくれるかもしれない。おじさんなら……。
無理だということは分かっていた。それでも、他に方法も無かった。
少年は、おじさんが自分にとって唯一で絶対の導き手だった日々を思い返していた。おじさんは何でも知っている。素直にそう信じられた日々。随分と前の日々だ。
あの時のようにおじさんを信じたい、少年はそう願った。
「行くよ」
茶色の耳に唇が付いてしまうほど近づけ、少年は言った。
「悪いな」
茶色の顔は血の気が引いて真っ白だった。濁った目の奥に、一瞬かつての輝きが宿る。茶色は少年が心変わりしたことを楽しんでいるかのようだった。
太めとガキどもが見守る中、少年は茶色に肩を貸した。すっかり軽くなった茶色の身体を、少年はしっかりと支えた。
「行こう」
ふたりは静かに部屋を出た。
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