鋭い目

 学校の屋上で爪を噛んでいた鋭い目の若者は、足元の瓦礫を忌々しげに蹴飛ばした。

「おまえ、そんなに腹立つなら戻って来んなよ」

 そばにいる太めは呆れていた。

「うるせえ、どこにいようとオレの勝手だろうが」

「いや、勝手だからって出てったり戻ったり忙し過ぎんだよ」

 あきれたような、けれどどこか茶化すような口調だった。

「おい、おまえも髪切るのかよ」

 鋭い目は太めを睨みつけた。髪の毛は肩よりも長かった。

「ガキどものあれ見たけど、悪く無さそうだな。オレも切ってもらおうかと思ってさ。かゆいし臭いしな。ガキどもよりもっと短くしてもいいんじゃねえかって思うんだけど、おまえ、どう思う?」

「どうもこうも無い。オレは切らない」

「なんで、すっきりすんじゃね?」

「あんなのおかしいだろ。それに、オレはオレだ」

「ああ、そうかい。じゃ、好きにしろよ」

 太めは床に倒してあった太い棒を持ち上げた。

「おい、どこ行くんだよ」

 鋭い目が呼び止める。

「どこって、ガキどもと一緒にもう少し本読んでこようと思ってさ」

「本? おまえ、どういうことだよ」

「どういうことって、おまえも文字覚えたら本読めるぞ」

「それがどうした」

「どうしたって……、オレもまだよく分からないけどさ、本を読めると世界のことが分かるらしいぞ」

「そんなの分かってどうする」

「そうだなあ……」

 太めは首をかしげた。

「何も考えてねえのかのよ」

「ん、まあ、わかんないけど、とりあえずなんか面白い」

 太めは目を細めた。

 鋭い目は舌打ちをした。

「あいつのこと仲間だと思ってんか?」

 鋭い目は吐き捨てるように言った。

「あいつって?」

 太めはのんびり聞き返す。

「あの、この前まで顔隠してた臆病者だよ。あいつ、配給所でガキどもにぶん殴られてた奴だろうが」

「そうだったっけか」

「覚えてないのかよ」

「忘れてた。よく覚えてんな。まあ、それならそれでもいいよ」

「あんな奴、どうして仲間にするんだよ」

「別に仲間になるのに理由なんていらないだろ」

 太めに言われて鋭い目は言葉を失った。

 茶色に言われたのと同じ言葉だった。

 親切だと思っていた男たちはいつしか必ず横で寝ていた自分に手を出してきた。逃れようとすると殴られる。身体のあちこちに青あざが絶えなかった。耐えられず逃げ出す。行くあてもなく彷徨う。また誰かに拾われる。

 同じことの繰り返し。

 それでも何度でも繰り返す。寂しさはあった。新しい暮らしのたびに今度こそはと思う。そしてまた裏切られる。

 気持ちはすさんでいった。ひとりでいると心が暴れだす。暴れた心が破裂し、見知らぬ相手に襲いかかる。逆に叩きのめされる。懲りない。

 勝ち目の無い相手に挑む。ボロボロになるまで殴られた。もうどうなってもかまわない。切れた唇から流れ出す血が熱かった。生きている気がした。

 周りを囲んだ男たちの声が遠くなっていく。とどめを刺されるのを待っていた。もう何もかも終わるんだと思うとそれも悪くは無い気がした。

 風を感じた。

 目を開けると、茶色く長い髪をなびかせた若者がいた。

 ガキどもに担ぎ上げられ運ばれた。

 茶色い髪の若者はガキどもと笑っていた。誰も自分のことを見ていない。怒られない。なめるような目つきで眺め回したりもしない。気にしてもいない。かといって邪魔者扱いもしない。

 仲間だ。そう言われた。

 どうして助けてくれたのかと聞いた。茶色は笑って理由なんてないと言った。

「なあ、おまえ、どうしたいんだよ。また出てくなら出てってもいいぞ」

 太めの声が聞こえた。

「オレは自分が出て行きたい時に出て行く」

 鋭い目は答えた。

「そして、戻りたい時に戻ってくんだろ。好きにしろよ、ホント」

 太めは重たい棒を肩にかつぐと階段を降りていった。

 残された鋭い目はまた爪を噛む。

 ひとりになりたいわけじゃない。

 そうじゃない。

 かなり、いらついていた。

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