鉄格子の外
遅い時間におじさんを起こさないようそっと部屋に入る。服を脱ぎ捨て、寝息を立てるおじさんの隣に静かに潜り込む。
おじさんが本当に寝ているのか、それとも寝たふりをしているのか。確かめようとは思わなかった。
朝になっても先に起きたおじさんに起こされることはない。気が向けば一緒に朝食をとる。話すことは無かった。図書館に行こうと言われることもない。それだけはちょっと寂しかった。
おじさんと離れて暮らすことを考え始めていた。茶色と一緒に学校で暮らすことも考えた。けれど、遅い時間まで騒いでいるガキどものことを思うと気が乗らなかった。
学校のそばの空き部屋でひとりで暮らすならまだましだ。
ただ、ひとりで暮らす寂しさに耐えられるのか、自信が無かった。二人なら怖くない。二人なら寂しくない。
まだ言い出せずにいた。
茶色とふたりで地下に降りていた。
暗闇でも目が見えるのかと聞くと茶色は笑って、真っ暗なら見えないと答えた。
「でも、真っ暗なところってない」
地下の通路はどこかが必ず弱く光っているらしい。照明がついてしまうとわからないほどのかすかな光。茶色にははっきりと分かるようだ。
「それだけあれば道は探せる」
茶色は自信ありげだった。今日はすごいのを見せると言った。
「驚くぞ」
どこまでも自信たっぷりだ。
二人ですごす嬉しさに胸騒ぎが混じっている。ひょっとして、茶色は自分より先に音の壁の向こうにたどりついてしまったのではないか。それはあまりに危険だ。茶色が苦しむ姿はもう見たくない。地下通路は鍵を持たない者を拒む。少年にはよく分かっていた。
鉄格子まですぐにたどりついた。
「ここからがすごい」
茶色は鉄格子の間から外に手を伸ばし何かをがちゃがちゃと動かす。鍵が開く時のカチッという音がはっきりと聞こえた。伸ばした手を戻し、今度は両手で慎重に押す。鉄格子が外に向かってゆっくりと開いていった。
鉄格子は崖の外、空中に開いていく。
茶色が両手で鉄格子にぶら下がった。止める間も無かった。手を離した。
少年は思わず目を閉じた。
「来いよ」
声が近くから聞こえてくる。目を開ける。鉄格子の下、低い位置に、茶色の手だけが見えた。その手が少年を呼んでいた。
鉄格子のすぐ外の下、ほんの僅かな崖の凹みに立つ茶色は得意げだった。
思わず下を見た。垂直に切り立った崖の遥かに下に横たわる赤い堀。さえぎるものは一切無い。風を感じる。足がすくむ。鉄格子を掴んだ手が汗ばんだ。震えていた。
茶色は横に移動して少年のための場所を確保した。
「つかまれよ」
少年に向かって手を伸ばしてくる。
その手をつかむことがどうしてもできなかった。茶色の向こうに広がる空間が恐ろしくてたまらなかった。腹のあたりが握り締められたように痛む。吐き気がこみ上げてきた。
「この先に入口がある」
茶色は凹みの先を指さした。四角い穴が口を開けている。茶色はしゃがみこみながら暗い口に身体を半分ほど入れた。
少年は覚悟を決め、汗で滑る両手で必死に鉄格子にぶら下がる。諦めたように両手を離す。
凹みまではほんの少しの高さだった。
崖に身体を押し付け乾く唇を舐めながら震える足で茶色の消えた四角い穴をめざした。
泣き出しそうだった。
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