秘密
茶色の飲み込みの速さは少年の予想を遥かに上回っていた。
ふたりが落ち合う場所は学校にした。茶色は居住区のどこでも知っているようだった。
配給所への行き帰りに立ち寄り文字を教える。最初のうちは何も分からなかった。それが瞬く間に文字を覚え言葉を理解し文章を読み解いていく。新しいことを覚えていくのではなく、元々覚えていたはずのものをどんどん思い出していく、そんな感じの進み具合だった。
茶色の好奇心は知識を増すに連れ膨らんでいった。茶色からの質問に応えるために、少年もそれまで以上に真剣に本を読まなければならなかった。
質問は本の中のことだけではなかった。居住区のあちこちから集めてきたものの名前と使い道を茶色は少年に聞いた。居住区のどこにそんなものがあったのか、少年にとっては本で見たことはあっても実物を見るのは初めてのものも少なくなかった。
茶色が持って来た道具の中にはハサミもあった。
「これは、髪の毛を切るのに使う道具なんだよね。でも、赤く錆びついてるからこのままだと切れないなあ」
「おまえの髪はこれで切ってるのか」
「ボクの髪はおじさんがハサミで切ってくれるんだよね」
髪の毛を切った男たちの写真のことは口にしなかった。茶色はどうせ知ってるだろうと、そう思っていた。茶色は本当になんでも知っている。おじさんの話もあまりしたくなかった。おじさんの話をすると茶色が嫌がるのを知っていた。
「このままじゃ切れないって、どういうことだ」
「ああ、錆を落として研がないと」
おじさんなら砥石を使って研ぐと言おうとして止めた。おじさんの話をしたくないのではなく、次の質問が砥石のことになると説明できる自信が無かった。
茶色はハサミをじっと見てから大事そうにしまった。
時を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「そろそろ配給所に行かないと」
茶色にここで文字を教えるようになってから配給所でもどこでもガキどもとは出会っていない。茶色がガキどもに何か言ったのかも知れないと薄々感づいていた。ちゃんと聞いてはいない。ガキどものことは少年が話題にしたくなかった。
「近道を教えてやるよ」
「近道?」
「そう、近道だ」
茶色がにやりと笑った。
「まさか、屋根からとかじゃないよね」
茶色が窓から飛び降りる姿を何度か見ていた。茶色は驚くほど身軽だった。建物の屋根から屋根へと飛び移るのも見たことがある。見ているだけで、生きた心地がしなかった。
「違う。来いよ」
普通に階段を下り、建物の外に出た。倒壊した建物に向かって進んでいく。瓦礫を乗り越えていくのだろうか、何がなんだか分からないまま少年は茶色についていった。
茶色は瓦礫の隙間に頭からスルッと入った。
「来いよ」
向きを変えた茶色が目だけ覗かせて少年を呼ぶ。
少年は迷いながらも渋々、茶色よりも遥かに不器用に潜り込んだ。
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