四つめの鍵

 水音はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 おじさんは少しも迷わずに道を選んでいた。ここまでの道を覚えていない少年にとって、おじさんに迷いがないのは救いだった。

 途中には思わず息を呑むような場所もあった。天井が高く巨大な柱が立ち並ぶ空間には心を打たれた。横向きになってやっと通過できる細い通路もあった。急な坂は足を滑らせないよう慎重に降りた。世界を覆う丸天井が縮小されたような空間では足音が大きく反響した。通路のすぐそばまでたっぷりと水を湛えた場所もあった。おじさんに言われて光を当ててみるまでそこが水だということに気がつかなかった。匂いがまったくしなかった。排水ではないようだ。おじさんにもよく分からないらしい。低い天井の下に覆われた大量の水はどこまでも続いている。水の量がどれぐらいなのか、深さがどれぐらいなのか、検討もつかなかった。通路の壁に小さな穴が開いている場所もあった。水がちょろちょろと流れ落ちていた。そんな小さな穴が壁一面にびっしりと並んでいる通路では流れ落ちてくる水のしぶきを浴びた。音がうるさかった。けれど、そこの水も匂いは特にしなかった。

 そろそろ明るいところにたどりつかないのだろうか、口には出さなかったが、少年は少し通路を歩くことに飽きていた。

「よし、ここだ」

 おじさんがようやく足を止めた。

 通路に下りた時と同じような急な梯子があった。

 おじさんは装置の光を細く絞り、天井の丸い突起に当てた。天井が四角く開いた。

「登るぞ」

 また暗い部屋だ。おじさんが照明をつけた。

 少年は明るさに思わず目を閉じたる。ここまでの通路の暗さに慣れてしまった目にはあまりに眩し過ぎた。

 壁も床も天井も白い。天井は丸く湾曲している。部屋の明かりはどこにない。壁や天井が全て光っていた。

 おじさんは壁の一部を撫でるように触った。壁の光が変化する。カバンの中から小さな道具を取り出した。二股に分かれた光沢のある棒だ。それとは別にもう一本出てきた棒で、二股に分かれた棒を軽く叩いた。

 澄んだ音がした。

 おじさんは探るように小さく声を出した。

 何度か確かめるように声を出した後、おじさんは姿勢を正し、大きく、長く続くしっかりとした声を上げた。言葉を話しているのではない。棒の音と合わせた声を、腹の底から、光る壁に向かって出し続けた。

 その声が部屋の中で反響し始めた。どういう仕組みになっているのか少年にはまったくわからなかった。声は跳ね返りながら重なり、うねるように部屋の中を満たしていく。単なる音ではなく体中を震わせるような振動になっていく。

 音のせいで震えているのか、それとも怖さで震えているのか。おじさんに聞こうにも、そのおじさん自身が壁に向かって大きな声を上げている。逃げ出そうにも、床の穴はとっくにふさがっている。部屋の中に逃げ場所はない。四方の壁はますます白く光り輝いている。

 おじさんが声を止めた。すぐに反響も消えた。

 おじさんの目の前の白い壁が静かに上がっていく。

 その先に新しい部屋が現れた。

「世界を解くための四つ目の鍵は声だ。声が、扉を開く」

 さっきまで声を出し続けていたことなどなかったかのような、そんな表情でおじさんは震える少年に言った。

「声はこの音叉、この棒だ、これに合わせた高さで出す」

 手に持った二股の棒を示す。

「そのうち練習しよう」

 何を言っているのかはすぐにわかった。一緒にここにまたやってくるという意味だ。恐ろしさは消え、好奇心がまた沸いてくる。音叉の澄んだ音をまた聞く機会にも期待していた。

「さあ、ここからはそんなに歩かなくてもいいぞ。早く乗れ」

 まだ到着したわけではないこと、先があることに少年は少しだけ失望した。そろそろ一休みしたかった。

 移動した先は狭い部屋だった。壁には手すりが備わっている。天井まで上がりきっていた壁が、ゆっくりと下りてきた。床まで完全に下りたあと、空気の抜けるような音が響き、部屋が少しだけ、ほんの少しだけ揺れた。

「つかまったほうがいい」

 おじさんは部屋の壁の手すりを掴んだ。少年もそうする。

「宮殿へ」

 おじさんの声に続いて微かに気配がした。

 次の瞬間、部屋が動き始めた。

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