地下水道

 下まで降りてから上を見上げた。暗闇の中に四角い穴がぽっかりと口を開けている。近いのに、とても遠く感じる。

 水の流れている音が、どこかからはっきりと聞こえてきた。強い湿気を感じる。居住区のように乾いてはいない。湿っぽく淀んだ空気には、何かが腐ったような匂いが含まれている。

 おじさんが光の装置を操作した。それまで細い線のようだった光が大きく広がり、空間を明るく照らしだす。闇に囲まれて気がつかなかったが、ここは丸い天井に覆われた細長い通路の途中だった。

「あっちだ」

 おじさんが示した先にはずっと通路が続いていた。どこまで続いているのか、暗過ぎてよく見えない。少年も装置の光を向けてみた。遥か彼方まで続く通路の先は小さく丸い暗闇だ。

 ふたりの足音が通路の壁に響く。丸天井からも大きく返ってくる。水の流れる音は絶え間なく聞こえていた。大きくも小さくもならない。少年は耳を澄ました。水の音は近い。足元に光を向ける。床の一部、通路の真ん中辺りの他の場所と違う色の部分を強く踏む。ジャラジャラとした音がした。細かい隙間が開いている。水音はその下から聞こえてくる。

「気がついたか。ここのすぐ下には水が流れている」

 おじさんの声が通路に響いた。

「水?」

「そうだ。ここを流れる水は、居住区からの排水だ」

「排水?」

「居住区から出た水が流れている」

「どこまで続いてるの?」

「さあな。図書館には途中から別の通路を通るからな。この水がどこに行くか、それはわからない」

 おじさんにも分からないことがある。驚きだった。初めて訪れた地下の新しい世界には、おじさんの知らないことがある。少年にとっては新しい世界でもおじさんにとっては見慣れた世界なのかと思っていた。そうではない。今までに感じたことのない不思議な感情がこみあげていた。

 もっと知りたい。

 この世界のことを知りたいと少年は思った。

 いつか、この水の流れ着く先まで行きたい。言葉にはしなかった。ただ、不安しか感じていなかったはずのこの地下の新しい世界に自分の居場所を見つけたような、そんな気がしていた。

 足元を流れる水からは湯気が立ち上っていた。ここに降りた時から感じていた蒸し暑さは気のせいではなかった。

 額に汗が浮かんできた。羽織ったマントが暑い。脱いでしまおうか。脱いだところで持ち歩くのも面倒だ。

「熱いか」

 少年の様子をおじさんが心配していた。立ち止まったおじさんは、少年のマントの肩の辺りの小さなボタンを回した。背中と脇のあたりが急に楽になる。涼しさがフードの中を駆け上がる。額の汗が引いていく。

「この服には温度と湿度の調整機能がついている。本来は自動で調整されるはずだが、あまりうまく動いていないようだ。長く使われていないんだろう。あちこち探したんだが、まともに動くものは見つけられなかった。こればっかりはしょうがない」

 おじさんの言っていることを全て理解するのは難しい。

「他の機能はまた後で教えよう。少し急ぐか」

 少年が知らなかったことがどんどん出てくる。いちいち驚いてていてもきりがない。分からないことは分からないままでもしょうがない。少年はそう思っていた。

 でも、いつかは全部分かりたい、できることなら。

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