葬列
配給所に集まる男たちは誰も彼もが常にいらついていた。目が合った合わない肩が触れた触れないで諍いが起こる。相手が子どもだろうが年寄りだろうが、そんなことはおかまいなしだ。揉め事が起こっても誰も止めようとしない。むしろ、小競り合いが始まると皆が喜びだすのだ。
周りと目を合わさぬようフードを深く被った少年は、男たちの群れに紛れ込み、ベルトコンベアを流れるパンと肉を慣れた手つきで素早く袋に詰め込んだ。
宮殿で開催される闘技会は遠い。望遠鏡で覗いたところで、遠く離れていることに変わりはない。ここでの喧嘩はわけが違う。激しい闘いで胸を大きく動かす息遣いも、埃にまみれ汗で額に張り付いた髪の毛も、口から鮮血と共に吐き出される折れた歯も、何もかもが目の前だ。
手を伸ばせば届くところで繰り広げられるぶつかり合いに男たちは興奮する。世界の丸天井まで届く怒声と歓声とが闘いの場を非日常の空間へと変えていく。音は跳ね返り、うねり、重なりながら、堅く握り締めたこぶしが脇腹を打つ音も、地面から拾いあげた瓦礫を力任せに頭に叩きつける音も、白目を剥いて意識を失い地面にただ棒のように倒れる音も、何もかもを飲み込んでいく。弱気になって逃げ出そうとしてももう遅い。取り囲んだ男たちは殺気立っている。男たちは勝負の決着を渇望する。どちらかが倒れ動けなくなった程度では決着はつかない。男たちの望むものは、とどめの一撃だ。勝者が敗者の倒れた身体に大きな瓦礫を振り下ろす。乾いた地面に赤い血がゆっくりと広がる。勝者は瓦礫を放り出し、握り締めた両手を上に突き上げ、雄叫びを上げる。周囲の男たちが雪崩を打ったように押し寄せ、勝者を担ぎ上げる。担ぎ上げられた勝者は叫ぶ。叫び続ける。
闘いの最中に猛る男たちをそれとなく誘導していた体格の良い明らかに特別な男たちがいる。彼らは居住区で男たちの暴走を防ぐという役割を見出した元剣士たちだった。元剣士たちは瓦礫の中から見つけてきた鉄の棒を叩いて延ばしたまがい物の剣を倒れて動かない敗者の喉に突きたてる。敗者が深い傷を負い苦しみの中を生き抜くことがないように、戦いに挑んだ勇姿を老いさらばえた姿で汚してしまうことのないように、彼らは彼らなりの優しさで、確実に敗者の息の根を止める。
生気を失い土気色になった敗者を、元剣士たちは無言で担ぎ上げる。敗者は世界の果ての溝に投げ込まれるのが慣わしだ。誰もその理由は知らない。
少年は一度だけ元剣士たちの葬列を追ったことがある。背の高い元剣士たちは戦いに敗れた男の遺体を肩の上まで担ぎ上げ、無言で進んでいた。まだ小さかった少年は必死で走った。そうしないと追いつけない速さだった。少年が葬列を追うのをあきらめた時、元剣士たちの肩で揺られた遺体の首が向きを変えた。遺体の口から赤い血が垂れ落ち、ひとりの元剣士の肩を濡らした。血は剣士の汗と混じり、地面に赤い染みを作った。
それがいつなのかはまったく覚えていない。おじさんと暮らしていたのか、それも分からない。少年の過去の記憶は常に曖昧だ。そもそも、それが本当にあったことなのか、それも分からない。
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