第5話・それは華、そして顔

 さて、楽しい裏話でも一つ。

 皆様、ラノベを買う時はどこを見ますか? お客様は書店でラノベを買う時、なにを判断基準にしてるのでしょうか?

 実は、我々の業界では「イラスト、タイトル、おび」と言われています。

 八割がイラスト、残りの一割がタイトルと帯なんです。

 タイトルと帯に関しては、それこそもう頭をひねくします。よじれてねじれて、頭が思考停止寸前に熱くなるまで考えます。タイトルは50~100個程作って、その中から選んだりしますね。帯へのキャッチコピーなんかも、大変な作業です。

 そして、イラスト……ラノベの全てを決める、絵師さんのイラスト。

 今日はそんな絵師さんのユニークなエピソード、紹介です。


・おっぱい病

 ある作品で、ヒロインをつるぺたの絶壁娘、まな板バストの少女にしました。容姿も最初は、「エヴァのカヲル君を美少女にしたような中性的イメージ」でしたね。どうも自分は、ジェンダーの境界が危ういキャラ、あやふやなキャラが好きなようです。

 で、編集部との打ち合わせで、見た目は普通の美少女の方がいいな、と。

 そして、貧乳ひんにゅう設定はそのままでイラストレーターさんに依頼したんです。

 その時の絵師さんは、とても有名な方で、仕事も丁寧、そして作業が早い方でした。とても綺麗なイラストで飾っていただけたのを、今でも感謝しています。

 ただ……その、貧乳設定のヒロインが、。巨乳、でしたね。作家はキャラ設定表というのを作って、編集部を通して絵師さんに渡します。絵師さんはそのキャラ設定表のオーダーを、基本的に守ってイラストを描くわけです。目の色や髪の色、身体的特徴等が箇条書きになったテキストだと思ってください。そして、スリーサイズ……これは実は、ラノベ作家は凄く気を使います。真っ昼間から電話で編集部と打ち合わせする訳です。真面目に真剣に「ウェスト60は、これはゆずれない」とか「リアル過ぎる数字は駄目ですよ」とか「胃下垂いかすいと言われても、88、57、91!これだよ!」とか語ってる訳です。因みにラノベ業界では、バストのアンダーやカップ論争は無視されます。バストの数字は「ラノベ世界サイズ」なんです。

 で……貧乳のメインヒロインが巨乳イラストなんですね。一応、修正をお願いしたんですが……直してもまだデカい。ってか、立派なおっぱいでハァハァしそう。でも、設定では貧乳。編集部の担当さんは「あの方は、その……おっぱいを大きくしか描けない病なんです」なんて言ったりして。で、文章の方を直すことになったんです。しかし、どうしても文章とイラストとのバランスが取れなかった、そのことを随分ネットでも指摘されましたね(笑)今ではいい思い出です。


・ドタキャン絵師さん

 当たり前ですが、人気の絵師さんは依頼しにくいです。

 依頼しても、様々な理由で断られることもあります。

 プロとプロのビジネスですので、断るのも断られるのも日常茶飯事ですね。返事がはっきりしてること、返事が素早く返ってくることは、どの業界でもそうであるように歓迎されます。はっきりと「すみません、お引き受けできません」と素早く言われると、こっちもすぐ別の絵師さんにお願いができるので。

 しかし、時にはそうしたビジネスマナーが通用しない方もいらっしゃいます。

 イラストレーターの世界も弱肉強食、そして実力社会。

 ゆえに、絵の腕があれば多少のことは……ということがあるのでしょう。

 次は、ちょっと困ったちゃんな絵師さんのお話です。

 まず、デビュー作が打ち切りになってしまった自分は、二作目に学園ファンタジー物を書きました。そのイラストを、とある絵師さんにお願いしたんですね。引き受けてくださって、とても嬉しかったです。で、その絵師さんから「原作を読ませていただきました。少し修正をお願いしたいですね」と……何点か物語の矛盾、説明不足等をご指摘いただきました。編集部とも相談して、クオリティUPアップのために修正したんです。そして、少し読みやすくなったぞよしよし……なんて思ってたら、突然その絵師さんが「やっぱこの仕事、引き受けるのやめます」って。一方的な契約破棄、ドタキャンですね。出版は実は、絵師さんが決まるとイラストの締切が決まり、そこから逆算して発売日が決まります。営業さんも広報さんも、その発売日を中心に仕事を始めるわけですが……ドタキャンで全部パーになってしまいました。

 困りました。

 へこみました。

 でも、しょうがないんです。因みに、こうしたドタキャンに関して、ペナルティはないそうです。絵師さんがドタキャンしたことで発生する諸経費、出版が遅れた自分への補償や手当というものは、ないです。ただ、どこの業界もそうですが「あの人はちょっとさ」という話は、業界人同士で共有されまくります。その方がその後どうなったかというと……超売れてて、挿絵を担当したラノベはアニメにもなりましたね(真顔)羨ましいですね……因みに編集部の担当さんは「あの絵師さん、こっちが忙しい時に電話してきて、全然関係ない話を愚痴ぐちるんですよ。他の出版社での愚痴を、延々僕にしてきて……僕の仕事、とどこおりまくりでした」なんて。まあ、そういうこともある、そういう人もいる……なかなかクリエイターの世界って、個性的な方が多いですよね。


・ドタキャン絵師さん、再び

 あ、さて……そんな訳で再び学園ファンタジー物の絵師さんを探すことにしました。因みに皆様、ラノベの絵師さんはどうやって選んでると思います? 実は、作家と編集部が五人~十人程度、候補を選びます。pixivピクシブなんかも活用しますし、イラストレーターさんが合同で一人一枚のイラストを持ち寄った画集(50人ぐらいの絵が載ってる)なども用意します。そうして候補を出してから、編集部と作家で相談して、さらに絞り、第一候補から第三候補、第四候補くらいまでを作るんですね。そうして、候補順に連絡を取り、仕事のオファーをする訳です。

 んで、ドタキャンされたので発売日を伸ばし、新しい方と契約しました。

 ところが、です。

 まさか、です。

 その、まさかなんです。

 二人目の方も、ラフ画やなんかの進捗しんちょくが遅れてるなと思っていた、その時……突然、ドタキャンされました。いやあ、参りました……ひょっとして自分にいたらぬところがあったのかな、と思いました。

 しかし、事情はこうです。

 その絵師さんは、さる大手ゲームメーカーの専属イラストレーターのような仕事をしてました。しかし、ゲーム会社の仕事とは別に、個人でも仕事を引き受けたい……そして、ラノベの挿絵を引き受けたのです。ですが……実際にゲームメーカーのイラストとラノベのイラスト、二足のわらじをはいてみたら、キツかった。しんどかった、無理だった。だから、ごめんちょ! ……という話らしいです。うーん、困りましたね。世の中には「二度ある事は三度ある」といいますし。

 でも、この学園ファンタジー物は無事「三度目の正直」で、いい絵師さんに巡り逢って出版されたんですね。


両刃りょうば大剣たいけん

 以前、自分の作品に絵師さんのイラストをお願いする時、キャラクター設定表というものを書きました。出版の度に書くんですが、どうも自分は「余計なことをモリモリ大盛りで書いてしまう」という悪癖あくへきがあるようです。くどい文章なんですね。なので、気をつけるようにはしてます。今も気をつけてるつもりですが……こういうとこが、三流ゆえの三流らしさなんでしょうね。

 で、なるべくスッキリとしたキャラクター設定表を作ろうと思いました。

 基本、箇条書きスタイルで「描かれるイラストに盛り込んで欲しい要素」を記します。

 髪型、髪の色、目の色、衣装……そして、武器。

 そう、武器です。

 バトルがある作品では、武器もデザインしてもらえます。

 銃なのか剣なのか、今流行りのメイスなのか。パイルバンカーだったりバスターランチャーだったりするのか、それとも? という。そんな中ででも、自分は概ね絵師さんに大半を委ねてしまいます。他の作家さんもそうみたいですし、事細かな注文はしない人も多いみたいですね。勿論「銀で出来たレイピアでつばは羽を広げた妖精の意匠、なおかつ刀身には古代文字が彫り込まれており(省略されました)」みたいなのを書く人もいるそうです。自分も簡素で簡潔なキャラクター設定表を心がけるべく、簡単に書きました。

 あるヒロインの武器を、こう書きました。


「両刃の大剣が武器です」


 さあ、皆さん……両刃の大剣です。

 なにをイメージしましたか?

 ブロードソード?

 ロングソード?

 クレイモアー?

 日本刀や青龍刀をイメージした人は少ないのではないでしょうか。両刃、つまり西洋の騎士たちが使うような剣ですね。RPGロープレとかでもお馴染み、割りと主人公が使うっぽい剣。サンライズパースで構えたくなるような、デカい大剣を希望してたつもりです。細かい意匠や細部のデザインは、これはおまかせするつもりでした。ただ「両刃の大剣」という、これだけは守ってお願いしますという言葉。

 その時、思いもしませんでした。

 最低限守って欲しいことを、簡潔に伝えたと感じてました。

 しかし、結果は思いもよらぬものとなったのです。

 後日、イラストが完成し、表紙の絵やカラーページも続々と仕上がりました。

 しかし、おや? と首を捻ります。

 そう、表紙のイラストを見て疑問が……ヒロインが、。慌ててラフ画を見直したら、ラフ画の時点でそうだった様子……ただ、ヒロインの絵に下書き的にサササと剣が書いてあって、その長さや大きさはあいまいなラフ画でした。それが……仕上がった完成イラストではっきりしました。完成イラストを見てからラフ画を見直し「この剣、決定稿に近いもんだったんだー!?」となった訳です。

 因みに絵師さんは「ご注文どおり、ちゃんと両刃の剣にしました!(両刃って言われたから、ちゃんと両手に剣ですよ、両刃ってこういう意味ですよね)」と言っていたそうで……あ、断っておきますが、絵師さん憎しウラメシヤ! という話ではないんです。

 結果、またしても自分は絵に合わせて、ヒロインの戦闘シーンを全部書き直しました。

 必殺技を放つ描写、放たれる剣技も全て修正です。

 こうして「可憐な容姿に似合わず巨大な両手剣を使う少女」は「可憐な容姿に相応ふさわしい雌雄一対しゆういっついの二刀流で戦う少女」に生まれ変わったのです。こゆこと、よくあるらしいです。いちいち気にしてたら……と思う反面、想定と違う設定になってしまったヒロインのことを、今でも少し気にかけているのも事実です。両刃の大剣……この言葉がまさか、違うイメージに結びつくとは。日本語って難しいですね。やっぱり「エクスカリバーっぽい剣です」とか「西洋の騎士が持つ左右対称の剣です」とか書くべきだったんでしょうか?


 とまあ、今回は絵師さんのお話でした。何度も言いますが、関わってきた全ての絵師さんに感謝の気持ちを忘れていません。おっぱい病の方は仕事が迅速丁寧じんそくていねいで、とても素晴らしいベテランの風格でした。ダブルドタキャンの方々も、それぞれに今も順調に仕事をされてるようで、なによりです。干されなくてよかったなと思います。そして、両刃の大剣さん……この方のお陰で、最終巻でヒロインが放つ超必殺技が生まれました。ショートソードの二刀流キャラになったことで逆に「最終決戦、二振りの剣のつかと柄を合体させると、刀身が伸びて……スター・ウォーズやPSOのダブルセイバーみたいな武器に!」なんてシーンが書けたんです。

 絵師さんのイラストが、書店で手に取るお客様に一番アピールできるんです。

 イラストが気に入られて初めて、我々の文章をお客様が読んでくれるんです。

 ラノベは初動で売れた部数が命、その初動のお客様の大半が……イラストで買うか買わないかを決めます。勿論、気を引くタイトルも大事ですし、最初の数ページなどは購買の判断基準になってるとも言われています。多くのラノベで、開幕10p以内にヒロインの裸があったりするのは、そういう訳です。ぺらぺらめくって頭だけ読む、そこで決める読者もいるだろうな、という。

 絵師さんもまた、大事なチームの一員です。

 しかし、同じ目的を共有しつつ、実は作家と絵師さんは直接会うことはありません。

 顔、合わせません。

 一緒に打ち合わせして、その後に飲みに行ってフラグが立つとか、ありません。

 自分の作品にイラストを書いてくれた方を、自分は見たこともないし会ったこともないんです。ただ……打ち切りになるたびに、絵師さんに申し訳なくて、いたたまれませんでした。プロとして売れないということは、関わる仕事仲間全員にとって不利益だということ。それが続けば、やはり会社としても判断を迫られるという話。


★今回のポイント

・絵師さんに伝えるのは「注文」ではなく、「概要」そして「要点」……簡潔に!

・やたら凝ったキャラクター設定表は、無駄に絵師さんを疲れさせるだけ。

・絵師さんと自分とで齟齬が生じることは、稀によくある(稀によくある)

・100%自分が想像してた、欲しかったイラストが手に入ることは、まずない。

・絵師さんもまたクリエイター、敬意を持って接すること(実際には会わなくても)

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